輝く一等星、草太くんと良太くんの巻(ドラマ見学2日目)
ダウン症の人が、連続ドラマでメインキャストを演じるなんて、日本で初めてのことだ。もしかしたら世界でも。
世界中から絶賛された映画『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』を観たとき、ザック・ゴッサーゲンみたいな名優が日本にもいたらいいのに、とわたしは強く強く願っていた。
まさかそれが、わたしの原作で叶うなんて。
日本に障害のある役者さんはいるけど、障害のある人が登場する作品はとても少ない。芝居で生計を立てることも、経験を積むことも、実際はなかなか難しい。
わたしの弟・良太の役をダウン症の人が演じましょうというのは、かなり早い段階で、そして、自然に、そう決まった。
まもなく、たぶん前代未聞のオーディションが開かれた。
何年も前から親しくさせてもらっている、日本ダウン症協会の水戸川さんが全面協力してくれた。出会ったときは、こんなことになるなんて思ってもなかったな。
そして吉田葵くんが、岸本草太役に選ばれた。
ドラマ出演は初めて。
だ、大抜擢!
撮影現場へ行くと、ちょうど葵くんの出番だった。
小さな声で「(壁を)ぶっつぶす!」とふりあげた拳を、そのまま大皿のからあげに伸ばし、パクッと食べて「おいし〜〜〜!」とほっぺが落ちる仕草をするところだ。
そのあと、父・耕助役の錦戸亮さんと手をあわせ、華麗なステップでダンスをする。
情報量が多い。
葵くんの伸び伸びした演技にホオォ〜〜となっていると、
「カット!」
演出・大九さんの声が響く。いいところで、カメラが止まってしまった。
えっ、えっ、どうして。ええ感じやったのに。
わたしたちのすぐ近くで、手に汗握りながら「ああ」と小さく声を漏らした人がいた。
葵くんのお母さんだった。
「さっきの演技、なにが惜しかったんですか?」
「葵は一生懸命やってくれてるんですが、アドリブを入れちゃうんですよね……」
お母さんは苦笑いしていた。
葵くんは台本も熱心に読み込んで、何度も練習し、本番にのぞむ。けれどサービス精神旺盛なスター気質でもあるから、テンションが上がると、台本にないアドリブを入れて、みんなを喜ばせようと頑張るらしい。
「お芝居で派手なアドリブを入れちゃだめっていうのが、最初はまだ、わからないみたいで」
逸材がゆえの悩みである。
しかしその気持ち、とてもわかる。
うちの弟も超弩級のお調子者なので、おだてられると、手の平の上でジャズダンスを繰り出してしまい、机の上のジュースなどをこぼしにこぼしてきた。
「草太、ストップ!」
大九さんとは別の声が響く。
演技指導の安田さんだった。すでに葵くんと仲良し。
もともと専属の演技指導という役割はなかったけど、葵くんの才能を見込んで、もともと芝居の経験者でもある安田さんが「ぜひ」とアドバイスするようになったという。少年漫画みたいな展開……。
安田さんが、葵くんと並んで、動き方の見本をみせる。
ふむふむと葵くんが教わりながら、
「ぶっつぶす!」「ぶっつぶーす!」「ぶっつ……ぶす!」
何度もセリフを繰り返す。
そして、錦戸さんと手を取り合って、何度も何度も踊る。
慎重に息を合わせているのだ。
三つの方向から三回撮るため、同じタイミングで、同じ動きで、合わせなければならない。
む、難しい……。
たった1分そこそこのシーンを撮るのに、1時間、2時間、と時間が過ぎていく。パイプ椅子にかけているわたしの尻も冷たくなる。
ドラマ撮影がこんなに過酷だとは、知らなかった。
「ぶっつぶす!」
「うっつうす!」
……ん?
弟が、葵くんのマネをしていた。
急にどうした。
わたしたちは先にお昼ご飯(憧れのロケ弁というやつである、しかもアツアツの)をいただいたのだが、
「おいひ〜〜〜〜〜!」
葵くんの影響力が、電光石火の勢いで……!
時代を動かすスターというのは、みずからの踊りひとつで、群衆を踊り狂わせるという。スターや、スター誕生や。
幕の向こうでは、葵くんが苦戦していた。
葵くん、がんばれ。
草太、がんばれ。
祈っていると、プロデューサーがそっと近づいてきて、耳打ちした。
「実は……」
おっ、なんだなんだ。
「ミニ草太と、ミニミニ草太もいます……」
ミニ草太と、ミニミニ草太……!?
……っっっっっっかっっっっwqr!!(かわいすぎて声帯が爆発)
幼少期のミニ草太を演じる、小倉匡くんだ。
匡くんもダウン症で、演技はまったく未経験だという。なんなんだこのドラマ……!呼吸するように、逸材が発掘されていく……!
ミニ草太、むちゃくちゃ愛らしい。
でも、やっぱり、細かく中断することが多い。
匡くんのそばでハラハラしながら見守っているお母さんに聞くと、もともと大きな音が苦手で、車のドアをバンッと閉める音で耳を塞いでしまうそうだ。
気が散ることがあると、なかなか集中できず、動けなくなることも何度かあったらしい。
わかる。
これも、わかる。
わかりすぎる。
弟はいまだに、外で子どもがキャーッと泣き叫ぶ声で、パニックになってしまうことがある。
ダウン症の人には、感覚過敏といって、五感がとても鋭い人が多い。大きな音が苦手だったり、逆に水のような触り心地のいいものが好きで落ち着いたりする。
挑戦。
なにもかもが慣れない現場で、目まぐるしく状況が変わる不安のなか、彼らは前代未聞の挑戦をしている。わたしたちには想像してもしきれない、すごい勇気の挑戦なのだ。
わたしの母は、幼い頃の弟のことを思い出し、涙ぐんでいた。
しかしたぶんこの現場、他の作品よりも、圧倒的にうまくゆかないことが多いんじゃないか。
心配しながらプロデューサーを見ると、
「ライブ感のある現場ですよね」
と、微笑みながら告げられた。
面倒な現場でも、難しい現場でもなく、ライブ感のある現場。聞き慣れない言葉だけど、なぜかしっくりくる不思議な言葉だった。
数日後、“ライブ感のある現場”とは何なのかを目の当たりして、わたしは心が揺さぶられることになる。