近くて遠くてしんどくて抗いたい
一月の始め、NHKのディレクターさんからメールが届いた。
『クローズアップ現代』というニュース番組で、阪神・淡路大震災の特集をするから、ゲスト出演してほしいとのことだった。
「岸田さんは神戸のご出身なので」
地元を認識してもらえることはありがたい。でも、いつもウッと言葉に詰まってしまう。
うん、まあ、神戸っちゃ神戸なんやけどもね。みんなが想像する、海と洋館のきれいな神戸ではないのよ。北区なんよ。おもっくそ六甲山の裏やから、海など1ミリも見えへんし、なんなら気温も4℃ぐらい低いんよ。
遠い昔、アイドルブームが幕を開けた頃、神戸でもご当地アイドルの募集がにわかに囁かれ、わたしは目を輝かせてたっけな。将来の夢の習字に、安室奈美恵と書き殴る少女だった。
ついにオーディション開始のポスターが公開された時、
『※なお、北区に在住の方は応募をご遠慮ください。』
小さく書かれてた衝撃を、アタイ忘れへんからね!!!!!!
六甲山をくぐり抜ける鉄道の運賃が、当時全国2位を誇る高さだったので、交通費を捻出できない運営の苦渋の決断であった。なんということだ。
もちろん北区にも、見どころはある!
あるが、軽率にイノシシが「ヨッ!」と菓子折りも持たず手ぶらで道路に飛び出してきたり、シカのために作られた銭湯が営業していたりする町だという事実は揺るがない。
ということで、神戸代表として舞台に引っ張り出されると、
「えへへ……どうもすいません……」
ヘラヘラ笑いながら、冷や汗をかいてしまう。アメトーークで『じゃない方芸人』が流行るより遥か昔から『じゃない方区民』として、逃げ腰で辛酸をペロペロしてきたのが、我ら神戸市北区民なのだ!偏見です!
震災という話題でも、北区民のわたしには語りづらさがある。
阪神・淡路大震災で大きな被害があったのは、神戸の海側の町だ。
山側の我が家でも、マンションの外壁に亀裂が走ったり、棚の食器がぜんぶ割れたりしたが、家族は無事だった。まわりでも、知人や友人が亡くなったという話は聞かなかった。
深刻な被害もあったのだとは思うが、建物の全壊や大きな火災が起こった海側の町とは、死傷者数も桁が違う。
しかも、震災が起こった時、わたしは3歳だった。
なんも覚えてない。
でも、震災の物語は、ゆるやかに共にあった。
一年に一回は、母が思い出したように
「あの朝はなあ、あんたを抱っこして階段駆け下りて、何時間も車の中で寝たんやで!」
と話してくれたが、なんというか、家族で苦労した思い出話という感じだ。悲壮感はなく、ちょっとした興奮をまとっている。
小学校に上がると、防災教育が始まった。
炎にまかれて家族を失った人や、力をあわせて復興した人の日記がたくさん載った教科書が配られた。先生の緊張感がビシビシ漂う避難訓練をした。断層を見に行った。追悼の歌をうたった。
『地震にも負けない 強い心を持って 亡くなった方々の分も 毎日を大切に生きてゆこう♪』
合唱は楽しかったけど、この『亡くなった方々』というストレートな歌詞に、なんか、ごっつい遠めの距離を感じていた。
『亡くなった』とか『方々』とか、小学生ではほぼ使わん言葉やったから。よそよそしいっていうか。心の中でツッコミも入れてた。身近な人で想像するんが、怖かったんやと思う。
中学に上がると、海側の町で毎年開催されるルミナリエというイルミネーションの話題で、冬は盛り上がった。
気になる男子を誘ってみんなで行こやと、キャーキャー言うてるわたしたちを、
「アホか!なにを浮かれとんじゃ!親と行け!」
先生が一喝した。それで初めて、あれが震災追悼のイベントだと知った。
震災は、近いんやけど、なんか遠い。
教えられはしたから、わかっちゃいるけど、引っ越す度に家具を固定したり、避難場所を家族で決めたりまではできてない。気まぐれに買った非常食は、賞味期限がたぶん切れてる。
それが阪神・淡路大震災に対する、わたしの正直な感覚なので。
震災といえば神戸代表ですよねって指名されると、ほんとにドキッとする。すんません、すんません、って平謝りしたくなる。
今回の『クローズアップ現代』のディレクターさんにも、断るつもりで、伝えた。
「わたしより、もっと切実な思いを持った被災者のゲストの方がふさわしいと思いますよ」
そしたら、それでも出演してほしいと言ってくれた。
「震災を経験していない若者たちが増えてきているので、震災の教訓をどうやって語り継いでいけばいいのかという課題もあるんです。岸田さんのような悩みが、まさにというか」
もう一人のゲストは、大学で防災教育している諏訪先生だった。
あっ、なるほど。
じゃあ、このままのわたしで、お役に立てるなら。
それならば、わたしの中の震災と向き合えるありがたい機会だと思い、引き受けた。エンヤコラ。
生放送の『クローズアップ現代』に丸腰で向かうのは、さすがにどうかと思ったので、この日からわたしの“学びなおし”がヌルッと始まった。
ちょうど週末、母とわたしと弟が実家に集まっていったので、
「行ってみようや!人と防災未来センター!」
と、誘ってみた。
震災・防災を学べる場所だ。わたしが小学校を卒業したあとに開館したから、実は行ったことがないのだ。
到着するまでは、家族三人とも、ちょっとワクワクしてた。校外学習みたいで、ちょっと懐かしくて。
「なんかVRとか、最新技術がいっぱい使われてるらしいで」
「へー!」
好奇心でいっぱいだった。
入場後しばらくして、わたしたちのテンションはどん底まで急降下した。つらかった。もう本当につらかった。
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週末にグループホームから帰ってくる弟や、ばあちゃんと美味しいものを食べます。中華料理が好きです。