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投げ捨てる前にスーとハー

岸田奈美|NamiKishida

我が家では、戦略的一家離散という作戦を採用している。

弟はグループホームで、わたしは京都と東京でせっせと暮らし、週末になれば母が待つ神戸の実家へ集合する。

再会の日。

弟のスマホの画面がバッキバキに割れていた。

「うわっ。どないしたん」

「どーん、で、おとした」

けろっとした顔で言う。

そうか、落としたのか。

「それはな……姉ちゃんもよくやるわ」

ちょっと嬉しかった。今までに百回は手を滑らせ、ありとあらゆるガラスを割ってきた人間として、肩身が狭かったので。

少人数のレジスタンス軍に、活きのよい若手が入ってきた気分である。

「姉ちゃんが安く修理してくれるところ知っとるから、安心しい。冷蔵庫にコーラあるから飲んどきや!」

貴重な仲間を逃すまいとするがゆえの、熱烈な歓迎。

弟は鼻でふんふん歌いながら、台所へ行った。

リビングでは、母が電話をしている。いつもよりワンオクターブ高い、よそ行きの声だ。なんだろう。また乾燥ホタテの共同購入でも誘われてんのか。

「はァ……それで息子が……そうですか……た、大変申し訳ありませんでした!えっ?あっ、あの、いえいえっ、そんなことより、それで、誰もお怪我はしてないですか?」

謝っている。
なにか、全力で謝っている。

「ああ……それはそれは、よかったです。いえ、まさか……ス、スマホを投げるなんて、もう」

ダッッッッ!


わたしは、鷹が飛び立つように弟の後を追った。



弟が開けようとしているコーラのフタを、無言で横取りし、キュッキュと閉める。情状酌量を狙うためにも、もう少し被告らしいものを飲ませた方がいいと思い、常温の麦茶をグラスに注いでやった。

不服そうな弟のムッチムチの腕を引き、リビングへ連行する。

電話を終えた母が、戸惑いながら、罪状を読み上げた。


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岸田奈美|NamiKishida

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