すずめ食いのすゝめ
ゴールデンウィークも、後半戦ですね。
うわさによれば、今年は10連休の人がいるようで。じゅ……10連休も……何を……!?
カタログギフトすら、もらうたび持て余してディアゴスティーニ並みに貯め込んでるわたしなので、3連休ぐらいがちょうどいいかなって。ついに予約しました。
キャンプ場でバーベキュー。
母も弟も、大喜び。海賊みたいな歓声あげてた。なんせ岸田家、唯一のアウトドア派だった父をうしなってから、やったことないのよ。
母の車いすで行ける場所も、探し続けて、ようやく見つかって。
コンロでソーセージ焼いてしけ込んだら、丹波篠山にでも行って、興奮そのままに土を菊練りしてマグカップでも作ろうって、陶芸も予約しました。
万全、万全、大万全。
おっと、梅吉のことを忘れていた。
「梅ちゃんも一緒にバーベキュー、行こっか!」
行くワン!
抱っこして、にょーん、と梅吉が伸びた。
どてっ腹に赤黒いアザがあった。おんやあ。
「……チミ、出血してない?」
「フガッ」
顔面に鼻水が飛んできた。
梅吉をかついで、動物病院に駆け込んだ。
先生、ありがとう。連休中も診察してくれて、本当にありがとう。先生のような人のおかげで、
「かわいそうですが、病気が再発しちゃったみたいです」
オンギャーーーーーーーーーッッッ!!!!!!
昨年の9月、梅吉は免疫の病気になった。自分で自分の赤血球を攻撃してしまうというバグみたいな病気で、一時は命の危険もあったが、今は寛解して薬も飲まずにすんでいた。
この病気の再発率は30%である。
「貧血は起こしてないので、いま危険というわけではないです」
血液検査の紙を先生が見ている。
「どれぐらい血小板、減ってますか?」
「全部ないです。血小板ゼロです」
「ZEROォー……」
今日からお世話になります、月曜パートナーの岸田梅吉です。ゴールデンウィークの渋滞が気になる頃ですねえ、桜井さん。こちらはトップニュースの後、くわしくお伝えします。
虚空を見ているわたしを通り過ぎ、先生が梅吉の毛むくじゃらの顔を触った。
「顔色はいいようですし」
「顔色……?」
「なんにせよ、本犬が元気そうなのがとりあえず救いですね」
「本犬……?」
「フガッ」
先生が鼻水を浴びた。
ケツから入れるんですかそれはと言いたくなるような、デッカい薬のカプセルを渡され、4日ごとに一時間かけて採血の検査に通うことが決まった。
ちなみに、このカプセル、お肉に混ぜて出すと
「食えるかボケェッ」
とでも言いたげに、ヤンキーばりの吐き出し方をされるので、この数時間後われわれは点滴に引き返すことをまだ知らない。
帰りの車では、わたしも母も、押し黙っていた。
梅吉に命あってなにより。気づいてよかった。薬もらえてよかった。よかった、よかった。左脳が胸をなでおろしている。
ゴールデンウィークの予定が消し飛んだ。右脳がうなだれている。
この直後、ABCテレビ『newsおかえり』にも呆然としながら出演したが、ゴールデンウィークの特集では目が虚ろになった。
「今年の連休は、海外へ行く人がなんと1%しかいないんですね。家でゴロゴロする人が56.8%だそうですよ」
読み上げられたニュースに目を輝かせ、異様に力強くうなずき、声を荒げながら最高ですねと褒めちぎった。
ゴールデンウィークに親でも殺されたのかしらとでも言いたげな目が、隣に座る尾木ママから向けられていた。
出演が終わったら、すぐさま、実家に直帰。
昨年は、症状が治まるまで2ヶ月かかった。
梅吉はぐったりすることなく、家の中でも走りまわっている。元気そうだ。だけど、血が出ると止まらないので、見張っておかなければならんというのが、この病気の特徴だ。
家族で出かける時は、犬の幼稚園にちょっと面倒見てもろてたが、病気では登園できない。
岸田家、梅吉とともに、つきっきりのひきこもりが確定。
これが……これが地味にきつい。命に変えられぬとわかっていようとも。ああ空はこんなに青いのに、風はこんなにもあたたかいのに、梅吉はこんなに元気なのにどうしてお外に出ないの。キテレツゥ。
連休中の予約すべてに、キャンセルの電話をした。
ギリギリだったからキャンセル料もそれなりに。
「ふっ……ふふふふふ」
あかん。
このままやと魂が虚無に飲まれる。
わたしは、犬と母を置いて、家を飛び出した。
ここから先は
岸田奈美のキナリ★マガジン
新作を月4本+過去作400本以上が読み放題。岸田家の収入の9割を占める、生きてゆくための恥さらしマガジン。購読してくださる皆さんは遠い親戚…
週末にグループホームから帰ってくる弟や、ばあちゃんと美味しいものを食べます。中華料理が好きです。