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おむすび幸福教団

退院してきたばかりの母が、また入院することになった。

一度目の手術で取りきれなかった結石を、どうにかこうにかしにいくという。

お腹をかっさばく手術だというので「縦やろか……横やろか……」と、切り口をやたらと気にしていた。さすがベテラン患者ともなると、肝の置きどころが違う。

術後の絶食がとにかくつらいと言うので、送り出す前日に、かたっぱしから母の好物を買ってきた。

別の用があって百貨店でそろえたので、だいぶ値が張っている。巨峰など、思わずレジから目を背けたほどであった。

いちご、茅乃舎のだしうどん、神戸コロッケ、一貫楼の豚まん、やまいちの湯葉豆腐、錦松梅……。

そこから母が迷わず選び取ったのは、おむすびだった。

「美味しいもんをいっぱい食べてきたけど、おむすびが一番おいしい。お米と、ちょこーっとした具と、海苔があればもう幸せやねん。最近そう思う」

もうちょっと豪勢にいけばいいのになと気の毒に思ったが、母はいそいそと戸棚から、海大臣(母が好きすぎてわざわざ取り寄せている貴重な海苔、味のわからない娘や息子には滅多なことでは配られない)を出してきて、おむすびに追い海苔をした。


思えば、米への執着が強い家系だった。

亡き父は米にうるさく、スーパーに置いてあるあらゆる銘柄を食べ尽くして、ついには自分で小さな農家を見つけてきて、直接わけてもらっていた。

“キンタロー”という名の米で、農家には同じ名前を持つ、白い大型犬がいた。

田んぼのまわりを駆け回るその犬は、猛烈に人懐っこく、激烈に臭かった。米をわけてもらうには、犬と会わなければならない。

父は、犬が苦手だった。

その父がキンタローに会うたび、嫌な顔をひとつせず、かわいいかわいいと撫で、抱っこまでしていた。ものすごく、嫌なはずなのに。

その姿を見て、母は惚れ直したという。一体なんなんだ、この話は。

弟がダウン症だとわかり、学校に行けてもまともな進路が無いかもしれないとなって落ち込む母に、父が言った。

「ええやん、ええやん。良太が卒業になったら、田舎に引っ越そうや」

「引っ越してどないするん」

「それはお前、米を作るねん。うまい米を」

「米って……わたしそんなんやったことないで」

「お前と奈美ちゃんは都会に住んだらええがな。俺と良太はな、うまい米を作って、24時間テレビとかに出て、幸せになるさかい」

それはアンタが米を趣味で作りたいだけやろがい!と一蹴された上に、弟は自然にまるで興味を示さず、田んぼに足を入れることを死ぬほど嫌がったので、父の夢という名のエゴは呆気なく潰えた。


わたしもわたしで、米によって、人生が深い森へ迷い込んだことがある。

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週末にグループホームから帰ってくる弟や、ばあちゃんと美味しいものを食べます。中華料理が好きです。