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イキリんぼうのサンタクロース〜シャトレーゼ讃美歌〜

一生に一度起こるはずのことが、一年に一度起こり、一年に一度起こるはずのことが、一週間に一度起こる。それがわたし。

引きの強い女と言ってもらえると、なんか慰められてるような気がするが、実はちょっと違う。ここには壮大な自業自得も含まれている。

騒動の始まりは、一年前の冬だった。

「今年はクリスマス会をしようと思うんです」

福祉施設の所長さんが言った。

うちの弟が、たいへんお世話になっている施設だ。所長さんも苦労してきた。なかなか物件を貸してくれる人がいなかったり、地域への説明が大変だったり。

「ええですねえ!弟もクリスマス大好きなんで!」

「大々的にはできないんで、喜んでもらえたらええんですが……」

「そうなんですか?」

「一生懸命、手作りでやってみます!」

福祉施設はお金がないのである。

働く人手も足りず、かつて送迎車をわたしが寄付した。ここがあるから、うちの家族は、限界状態で戦略的一家離散ができて、命拾いをした。

弟はグループホームで、いい友だちができた。実家におる時は、ぜんぜんなに言うとんかわからんかった弟は、友だちのおかげで、言葉をはっきり話せるようになってきた。

そんなメンツのジングルベル、手を貸さずにはいられない!

「ほな、わたしがケーキを用意します」


「えーっ!」

「遠慮せんといてください」

「でも……参加者が何人になるかもわからないし……ケーキって高いし……」

4人ぐらいが入所する小さな福祉施設が何件か散らばっているので、そこから希望した人と職員が参加するそうだ。

まあ、大人も多いしな。多いと言うても、20人ぐらいやろ。ホールケーキやったら4つでも買えば、じゅうぶんや。2万円もあればお釣りくるやろ。

わたしは不敵に笑って、

「ほら、わたし、あのNHKでドラマ化もされますでしょ……?」

イキリ出した。


心だけは完全に、小学校へグローブを寄付する大谷翔平と同じだった。地元に名を残すぐらいのつもりの矜持でいた。

「任してください!人数が決まったら連絡くださいね!」

「ほんまですか。いやあ、喜ぶと思います!」


数日後、所長さんから連絡がきた。


「人数が、決まったには決まったんですが……」

「おっ!」

所長さんは電話の向こうでモゴモゴしている。

「ちょっと、あの、多くて……」

「かまいませんよ。いくつですか?」

「46個です」

「46個!?」


「すみません、すみません。思ったよりもみなさん楽しみにしてくれて、あの、こういう会に参加するのが初めてっていう人も多くて……」

大人になっても、クリスマス会が初めてだと。胸がキュッとなった。

そういや弟も、ゲームのルールがわかんないからって、地域のクリスマス会に行けなかったっけ。

「それで、介助が必要な人もいるから、ヘルパーさんやボランティアさんもつくことになって。あっ、でも、その人たちのケーキまではさすがに……」

「いやいやいや、それは一緒に食べないと」

「でも……」

せやかて、NHKやから!

知らんけど。NHKでドラマ化された人間のことをよく知らんけど。きっと、NHKでドラマ化された人間なら、別け隔てなく、ケーキを配るはず。

せやかて、NHKやねんから!

「46個ですね。ええと、ホールケーキで分けるとなれば……」

「あっ」

所長さんがなにかを言いかけた。

「どうしました?」

「ひ、一人分ずつお願いできるなら……って、だめですよね?」

「ケーキを46個!?」

「会場で刃物があかんとか、感染症の対策とか、いろいろあって」

福祉施設にはいろいろあるのだ。一瞬、ひるんでしまったわたしに、所長さんがあわてる。

「お姉さんにそこまでお願いするのは、やっぱり申し訳ないんで」

「いや、任せてください」


もう精神がNHKと一体化してるので即答した。わたしのイキリは留まるところを知らなかった。


そうと決まれば、ケーキの予約である。人生で大量のケーキを注文する機会に恵まれなかったわたしは、なめていた。

とりあえず、地元のケーキ屋にあたってみた。

「すみません、12月24日にケーキの予約をしたくて」

「はい、おいくつですか?」

「46個です」

「よ……んじゅう……」

電話口のお姉さんもひるんだ。

「そ、それは、ホールですか?」

あっ。なるほど、ホールケーキだと勘違いされてるのか。わたしはホッとした。

「ショートケーキで」

「申し訳ありませんが、承れません」

「ん?」


「クリスマス期間中は、ホールケーキの予約しかできないんです」

それから車で30分圏内のケーキ店をいくつかあたってみたが、どこも同じだった。繁忙期に普通のケーキは、予約できないのである。

し、知らなかった!

大量注文を受けつけてくれる会社にも電話したら、すでに予約終了か、100個以下では注文できないところばかり。

そうこうしてる間に、パーティーの日は迫ってきた。

もうあかん。
なんのツテもないわたしに、ケーキ46個は無理や。

イキリ散らかした手前、情けないけど、焼き菓子で勘弁してもらおう。日持ちもするし。

うん、うん。
寄付やもん。

しゃあないわ。そんなに無理せんでもええはず。なんぼクリスマス会やっていうても、みんな大人やし、事情もわかってくれるやろ。

自分に言い聞かせながら、わたしは、実家に戻った。

「ただいまー。あれっ、良太もう寝てるん?」

ガラッ。

わたしは、そっと、ふすまを閉じた。

深夜11時、静かに膝から崩れ落ちた。

なにがなんでもケーキを調達せねばならない。守りたいこの寝顔。クリスマスの申し子。もろびとこぞりてケーキを食え。


徹夜で情報を調べ、わたしは真理にたどり着いた。

シャトレーゼや。


田舎にのみ降臨あそばされるサンクチュアリ。それがシャトレーゼ。クリスマス当日の予約はできず、大行列は必至だが、尋常ならざる量のケーキがあるらしい。

そしてわたしは、寝不足で血走った目のまま、早朝の開店を狙ってシャトレーゼに飛び込んだ。

壮観……!

ケーキがある。めちゃくちゃある。

恐ろしいことに、このケーキ、サンタまで動員されて280円である。どうなってんの。他のケーキ店のほぼ半額。イキリの財布にも優しいなんて。

「ほなこれを46個……」

はっ。

こんなに買い占めてしまったら、後から来る人たちが悲しむかもしれない。というか、個数制限のことをまったく考えてなかった。どうしよう。

店員さんがほほ笑んだ。

「補充、はいりまーす」

でっかい、でっかい、給食室でしか見たことないような入れ物に、ケーキがゴン詰め状態で運ばれてきた。ケーキというより実弾。シャトレーゼにとって46個など、赤子の手をひねるぐらい容易い数。実弾です。

こうしてわたしは、46個のケーキを手に入れた。

寝癖だらけの部屋着姿で、福祉施設に届けた。夜勤のバイトの若いお兄さんしかいなくて、事情があんまり伝わってなかったらしく、

「えっ……?えっ……?」

と、困惑しながら、わたしから袋を受け取っていた。タイガーマスク的な奇人が来たと思われたはず。

いざクリスマス会がはじまれば、入居者さんと、ヘルパーさんたちからは、すごく喜んでもらえたそうだ。よかった。

でも、わたしは、知ってしまったことがある。

弟によくしてくれるヘルパーさんが、

「この間はケーキ、どうもありがとうございました!うちで子どもと一緒にいただいたんですが、大喜びで……」

「えっ、おうちで?」

「仕事や用事があった人は、後でケーキだけ取りに行かせてもらったんですよ」

そんな事情があったなど、つゆ知らず。

そんならシャトレーゼじゃない方がよかったよなあ、と思ってしまった。いやシャトレーゼは安いし、おいしいんやけど。わざわざ遠くから取りにきてもらったんなら、もうちょっと、ごちそう感のあるケーキにしたらよかった。

なんせわたしは、ケーキ激戦区に生まれし、神戸市民なので。

「ほな、来年はもっとええケーキにしますね!」

その場のノリで、調子のいいことを言ってしまった。わたしったら。わたしったら。


そして、時の流れは瞬きほどに早く、一年が過ぎ去った。

所長さんから連絡がきた。

「今年もクリスマス会をやります」

忘れてた。

「昨年が大好評やったんで、今年はヘルパーさんもサンタの仮装して、公民館を借りて、歌やゲームで盛り上げようと思います!」

繁忙期やっちゅうのに、この人は楽しそうで、立派やなあ。感心しながら、じわじわ、わたしは思い出してきた。

ケーキの……存在を……!

「えーっと、今年も」

やめとこ。

「ケーキとかって」

やめとこって。

「用意しましょか……?」

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週末にグループホームから帰ってくる弟や、ばあちゃんと美味しいものを食べます。中華料理が好きです。