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「たまたき」

聞き慣れたばあちゃんの声の、聞き慣れない四文字が、スマートフォンのスピーカーから響いていた。

電話をかけなければと思い立ったのは、大晦日だった。

認知症グループホームで暮らしているばあちゃんの顔を、年末までに見に行く約束だったのに、母の入院が予想外に長引いたせいで見損ねていたのだ。

昨年の二月にグループホームへ入ったばあちゃんは、その頃からすでに昼飯を8回食らっていたので、年末の約束なんぞ忘れてるんだろうけど。送り出した者には、後ろめたさがある。

「なんやねんあんた、こないな時間に」

電話の向こうで、ばあちゃんの声は弾んでいた。どうやら、おやつの時間だったようで。

「オカンが、えっと、ひろみがな、いま入院してんねん」

「いややわ、どないしたんや!」

声はさらに弾んだ。

母の手術を説明したら、ばあちゃんは「はあ」とか「ひい」とか、高い声をもらしながらも、どこか他人事なのはありありとわかる。

「会いに行くのは来年になりそうやわ」

「そうか、そうか」

残念そうにされると胸が痛むので身構えたが、わかってるのかわかってないのか、ばあちゃんは普通だった。ご機嫌ですらあった。

「かわいそうやなあ。あんたらも“たまたき”まで来たらええのに」

聞き慣れない単語が、とつぜん、ばあちゃんの口から滑らかに発せられた。

「“たまたき”へ来たら、ご飯でもなあんでも、わたしがしてあげられるのに」

嬉しそうな声が、憐憫を取ってつけたようにしぼんでいった。



「“たまたき”ってなんのことか、わかる?」

「なんて?」

すぐ母へ確認したものの、この通り、藪から棒な具合。

「ばあちゃんが“たまたき”までおいで、って言うとったんやけど、なんのこっちゃわからんのよ」

おいで、ということは、ばあちゃんがいる場所だろう。ところがどっこい、ばあちゃんのグループホームは神戸にある。なんなの。どこなの。

「たまたき、たまたき……」

不思議な響きを繰り返しつぶやいたあと、母が「あっ」と声をあげた。

「生まれ育った村や」

「だれが?」

「おばあちゃんが」

検索すると、Wikipediaに記述があった。

“玉滝村は、三重県阿山郡にあった村。現在の伊賀市の北端にあたる。1954年10月1日に廃止―――。”


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週末にグループホームから帰ってくる弟や、ばあちゃんと美味しいものを食べます。中華料理が好きです。