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メモリアル・ノワール・トーキョー 〜火の用心、恋も用心〜

岸田奈美のnoteは、月曜・水曜・金曜のだいたい21時ごろの投稿です。予期せぬご近所トラブルなどで遅れることもあります。
大部分は無料ですが、なんてことないおまけ文章はマガジン限定で読めます。

いつのまにかゴールデンウィークがはじまって、お家キャンプとか、お家パンづくりとか、お家時間をどっぷり味わう人もいるみたいね。

わたしも絶賛、味わってます。


引越し。


これほどのお家時間はないでしょうと。
 
寝ても覚めても、お家のことばっか考えてっからね。寝るときも覚めるときも病めるときも考えすぎて、ノイローゼになりそうだけど。詰めても詰めても、終わんねえの。覚めたら目の前に服の山があんの。

引越し業者もね、やっとこさ決まって。

ちょっとした出来心で「1秒で50社以上の業者に一括見積もり!」っていうサイトに、登録したら。

なんか、電話、止まんなくて……。

朝も昼も夜も、スマホがずっと震えてる。会いたくて震えてる。わたしは越したくて震えてるだけなのに。

何回か出たけど「ざっと5万円から15万円ですね」っていう天国OR地獄みたいな博打見積もりしか出ないし、浄水器とかエアコンを勧められる。ばあちゃんちから帰るとき並みにいらんものを持たされる。引っ越す言うとるやろが。断っても、Wi-Fi機器と光回線も勧めてくんの。コンピューターおばあちゃんか?

完全にひるんでしまって、何件かは対応しきれず、着信拒否したら。


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メールが山ほど届くようになった。もうゆるして。


そういうわけで、ギリギリのギリでの引っ越し決定。月末に本が出る人間とは思えない行動をしている。ひたすら段ボールを作り、ひたすらモノを詰め続ける。

無心でやってても、やっぱり、三年という月日を東京で過ごしたヤツらなので、それなりに思い出が浮かんできた。東京へのはなむけに、ちょっと聞いてほしい。


1. 焼き芋焼いても、家焼くな

ちょうど二年前くらいだったと思う。ベンチャー企業の会社員でヒイヒイ言ってたわたしは、めずらしく長いお休みがとれたので、沖縄旅行へしけこむとした。

激務だったので願ってもない羽休めだが、商業の神が俺に「休むな」とささやいてるのかなんなのか、飛行機を使って旅に出ると、いつもなにかが起こる。

ヤンゴン空港でスパイだと疑われて警察に両脇を固められたり、羽田空港のトイレで札束の入ったリュックを拾って大騒ぎになったり、新千歳空港で同姓同名の人とチケットを取り違えられて危うく縁もゆかりもない阿蘇くまもと空港に飛ばされそうになったり。

この時もそうだった。

大型の台風がとつぜん、東京に向かって北上してきたのだ。

これはもうダメかもわからんねと思っていたが、なんと、ギリギリになって台風がそれていった。軒並み運休表示だった飛行機が、予定どおり飛ぶことがわかったのは、出発前日の夜だった。商業の神が微笑んだ。

「おっつかれさまでーす!あっ、明日からお休みいっただっきまーす!」

お調子者のテンションで退勤をキメて、るんたるんたと足取りを弾ませ、当時住んでいた品川区のマンションに帰ってきたら。

閑静な住宅街のはずなのに、やたらとさわがしい。夜なのに、なんか、空が赤い。
どこかでなんかあったのかなと思ったら。

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わたしのマンションが燃えていた。
煙がモックモクに上がっていた。


えっっっっ。

パジャマ姿で呆然と眺めている、住民らしきカップルがいたので、声をかけた。

「あのっ!わたしもここに住んでるんですけどっ!どうしたんですか!」

「あー……や、なんか俺らもわかんなくて。火災報知器鳴って、あわてて出てきました」

彼氏が困ったように、ひきつった顔で笑う。

「でも、火とかは全然見えないから、大丈夫そうですよ。消火したんじゃないかな」

マンションを見ると、二台の消防車がホースを伸ばし、三階のベランダから角部屋に向かってガンガンに放水していた。白い液体でベランダの原型が見えないくらいベッシャベシャになっていたが、たしかに、火の手はない。

「ああ、本当だ」

「ね、よかった」

まあ、そこ、うちの部屋の隣なんですけどね。


エアコンの室外機が、お亡くなりになっていく声が聞こえる。持っていこうと思って干していた浮き輪なんて、どこにも見当たらないからたぶん水圧で吹き飛んだ。夏の思い出、フライアウェイ。

しばらくしたら消防隊員の人が

「住民のみなさんはもう入っていただいて大丈夫です!」

と言いにきてくれたので、みんなでぞろぞろ列になって、部屋に戻った。わたしの隣の部屋は玄関が全開になっていて、新築で真っ白なはずの壁が、ススだらけの真っ黒になっていた。消防隊員と警察官が、なかでなにやら事情聴取らしきものをしている。

部屋に戻るふりをして、玄関を開けたまま、わたしは耳をすませた。


「ええと、じゃあ、リビングの真ん中で焼き芋をしていたと」

リビングの真ん中で!?
焼き芋を!?!?!?!?!


「それで、火がついたままコンビニに行ってる間に、燃え広がっちゃったんですね」

火がついたまま!?
コンビニに!?!?!?!?


わたしの脳のデータベースにない行動だったので、たちまちフリーズしてしまった。人間なにがどうなれば、リビングの真ん中で焼き芋を焼いたままコンビニに出かけようとするんだ。焚き火なのかオーブンなのか知らんが、「焼き芋にはバターとはちみつだよね♪」と思い出して、買いに行ったというのか。熊や野犬に襲われないよう、火は絶やさなかったというのか。

隣人は秋の夜長を満喫しすぎたのか、もしくは、ストレス社会でおかしくなってしまったのか。

でも、まあ、おかしくなるよな。
気持ちはわかるよ。

ここ、リビング5畳の1Kなのに、11万円だもんな。
見栄のために寝るだけの部屋だよ。

「すみません、あとから大家さんから説明があると思うので……」

わたしの聞き耳に気づいた警察官から、即座に追い払われた。

部屋のなかに入ると、むせ返るようなススと煙の臭いがした。

誰も怪我はなかったし、浮き輪が犠牲になっただけだし、沖縄へも行けることを思えば、幸いだったのかもしれない。

かと思えば、壁側のコンセントに接続していたスーパーファミコンのアダプタが熱で溶けていた。刺さっていたソフトはよりにもよってボンバーマン2だった。馬鹿野郎。

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弁償してもらうとしても新品がもう売ってない場合はどうなるんだろうと気をもみながら待っていたが、ついにオーナーさんからの説明はなく、悲しみの行き場をなくしたわたしは一連の出来事をツイッターに投稿したのだが、勤めていた会社の役員から即座に「そういう投稿は差し控えてほしい」と強めに叱られ、ものの数分で消した。

すべては秋の夜長に、散っていった。


2.恋の悩みは、愛の整体で

そのマンションに住んでいたときが、東京で暮らしていて一番しんどい時期だったかもしれない。自己肯定感が天保山より低かった。

当時付き合っていた彼氏が、なんというか、鬼法人 邪悪学園 共依存学科の同級生っていうか。まあとにかくそんな感じで。バグったわたしは「この人に怒られず、認められるようになったら、一人前のちゃんとした女性になれるんだ」と信じてやまなかった。

そうこうしているうちに、彼からキレられたり、シバかれたりする頻度が確変状態に突入し、最終的にわたしは頚椎を捻挫した。


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