写真を教えてくれた幡野さんへ
幡野広志さんへ。
この間は、写真の撮り方を教えてくださって、ありがとうございました。
幡野さんと、高校生と、三人で京都を歩いているだけでも、笑いっぱなしで楽しかったです。
京都はあいにく、秋冷えする雨でしたね。わたしは一族きっての晴れ女なので、大切な予定の日に雨が降るという慣れない無念さにズゥゥゥンと沈んでいましたが、幡野さんは気にも留めませんでした。
「雨が降った日に歩いたんだから、雨が降ってる写真がいいんだよ」
ビッチャビチャの参道、ドロドロの枯山水、グジュグジュの靴などを想像してしまいましたが、幡野さんが言った意味を知るのは、もう少し後のことです。
わたしは幡野さんに、ズバッと教わりたいことがありました。
“写真って、なんのために撮るんだろう?”
わたしはこの頃、写真を撮りたいというより、写真を撮らされているような気がするんです。
スーパーマーケットの入り口で、たまに、屋台が出ていませんか。おじさんがねじり鉢巻にハッピを着て、羊羹や大福を売ってます。ちょっとでも立ち止まってしまえば最後、おじさんは「本日が最終日!いま逃したら手に入りまへん!損しまっせ!」的なことをラッパーのようにまくし立てるのです。関西の人間が、ブラックニッカ一気飲みよりもしたくないこと、それが“損したくない”です。熱に浮かされたようにおじちゃんもおばちゃんも、羊羹や大福をホクホク顔で並んで買うのです。わたしも。味は普通です。
あんな感じで景色や物が「これを撮っとかないと損するで」「高いお金払ってんから撮らんと損するで」「SNSに載せないと損するで」的なことを、わたしにまくし立てるのです。
もはや、撮影は令和の義務、のように思えてきました。
だから幡野さんが最初に、
「みんなが撮ってる写真を、マネしようとしない!」
と教えてくれたとき、ハッとしました。
「バズとエモと映えを、脳内から消すこと」
わたしは、ずっと誰かに、そう言ってほしかったんです。
幡野さんからはまず、カメラの扱い方と設定を教わりました。
くわしい設定は、幡野さんがnoteに書いてくれたので、省略します。
幡野さんがわたしのカメラにやってくれたのは、一言でいうなら“撮りたいと思った瞬間、最速で撮れるカメラ”にすることだったのかな、と思います。
設定が終わったカメラを渡されて、わたしは尋ねました。
「これでなにを撮れば?」
「見たものを、見たまんまに撮るんだよ」
雨のなか、とても広い大徳寺を歩きながら、幡野さんは足を止めました。
「すごいなあ。あれ、鬼瓦ってやつ?」
幡野さんが見上げてるのは、古い塔頭の瓦屋根でした。どこに鬼瓦があるのかな、と探している間に、幡野さんはシャッターを切っていました。
「僕は鬼瓦が気になったから見た。見たから撮った。シンプルでしょ」
見たものを撮る、撮るために見る。どっちも似ているようで、全然違うんですね。
撮ったのはわたしですが、幡野さんが現像(明るさや色を調整)してくれたので、それだけでもイケてる写真になりました。
見たまんまに撮ろうとしてもつい、上手そうに見える構図や、ヒネッた構図を探してしまいます。
ちょっとでも気を抜くと「こんなの撮れるなんてセンスいいね!」と褒められたい自分が、ニョキッと顔を出すんです。
黙々と撮り続ける高校生の素直さが、すごくうらやましかった。
そしたら、幡野さんは、ひとつ教えてくれました。
「とにかく、見たものをド真ん中にして撮ろう」
廊下に鐘があったので、後ろに下がって鐘の全体を撮ろうと思いましたが、やめました。わたしの目についたのは、鐘ではなくて、鐘の下の御札だったからです。御札をド真ん中にして、撮りました。
撮ったあと、鐘のなかに、何かあることに気づきました。
木槌がひっかかっていました。タララララン。ゼルダの伝説で仕掛けを解いたときのBGMが聞こえるような。こんなのキーアイテムじゃん。
「いいねえ!これは鐘の中をわざわざ覗いた人にしか撮れない」
幡野さんは褒めてくれました。
「その人にしか撮れない写真って、すごくいいんだよ。関係性、人間性、人生が写真には現れるから」
高校生の彼には、高校生の友だちを撮れます。しかも教室で、青春の真っ只中で。わたしたちには撮れない写真です。通報されてしまうから。
じゃあ、わたしにしか撮れない写真って、一体なんでしょうか。
「奈美さんだから写真を撮ることを許される場所や、奈美さんだから会える人っていると思うよ」
なるほど。わたしは運だけは良いので、確かにそうです。
でも、わたしは知ってるんです。そういう場所や、そういう人の前でカメラを出すと、気まずい空気が流れてしまうことを。なんなら注意されることを。
「奈美さんは、林家ペーさんとパー子さんの撮り方をお手本にするといいんじゃないかな」
予想もしていなかったお名前に、ごめんなさい、吹き出してしまいました。ふたりは芸能人だし、被写体も芸能人だし、わたしがマネできるわけないじゃんとも思いました。
けど、写真ではなく、撮り方をお手本に、という意味だったんですね。
幡野さんが送ってくれた動画を見て、めっちゃびっくりしました。
パー子さんはカメラを構えてから、シャッターを切るのが異常に速い。
相手をジッと見てから、カメラを向けて、シャッターを切るときにはもう視線を外していますよね。
相手を目で見ることなく撮っている。そんなことって、ありますか。わたしが知ってる撮影の常識とは、まるで違いました。
相槌を打つように、言葉を吐くように、写真を撮る。
ネットで探して見ましたけど、できあがった写真も素晴らしいんですよ。パー子さんたちから写真をもらうと、みなさんすごく喜ぶそうです。
なんでそんな芸当ができるのかわからなくて、何度も繰り返して、動画を見ていました。
幡野さん、わたし、ちょっとわかってしまったかもしれません。
パー子さんは、写真を撮ろうとしていないんですね。いつも心が先に動いて、シャッターは置き去りになっている。
うまく言えないけど。
この写真を見て、幡野さんが「うわっ、あとでちょうだい」と言ってもらえたとき、誇らしくて、ぶわっと体温が上がりました。でもわたしは、なにを思ってこの写真を撮ったのか、さっぱり覚えてないんです。
「幡野さんは、どういうときに撮るんですか?」
「写真は心が動いたときに撮るもんだよ」
心が動くというのは、壮大で斬新な感動のことではなくて。日常で「あれっ?」「うわっ!」「おお…」と、ほんのピクリとでも感じれば、動いたということです。
「他の人が写真を見たときに、同じ心の動きが伝わると、通じ合えた気がするよね。なんでこれを撮ったんだろう、って考える時間も楽しいし」
幡野さん、それって、わたしが文章を書く理由と同じです。
わたしの編集者の佐渡島庸平さんが、出会ったときからずっと、何度も、何度も、わたしに教えてくれることがあります。
「作家は、感情を作りにいってはいけないよ」
読者を泣かせるために、悲しい感情を作ってはいけない。怒りで訴えるために、過去へ怒りを探しに行ってはいけない。
自分の中にわきあがる心の動きを確かに感じてから、時間をかけて、言葉を尽くして、同じ感情を文章で表現し、遠くにいる誰かと共有し、心を動かす。それをわたしは、人生を賭けて、やりたいのです。
文章も、写真も、大切なことは同じなんですね。
違うのは時間でしょうか。心の動きは一瞬。文章は心の動きを後からじっくり思い出せるけど、写真は心の動きをすぐさま残さないといけない。
言葉にできない感情を、大切な誰かと共有したくて、わかってもらいたくて、いてもたってもいられないから、わたしたちは写真を撮るんですね。
写真という芸術には、寂しさと愛が、同時に共存しているように思います。それってすごいことじゃないですか。
大切な誰かと共有したいと言いましたが、わたしの“誰か”には“自分”も含まれています。
あの日撮ったやつで、わたしが一番好きな写真はこれです。
『中華のサカイ本店』に入ったら、高校生が高校生の食欲を大爆発させて、とんでもない数の皿が運ばれてきた時に撮りました。
冷麺、冷麺、炒飯の大皿がドンドンドンと横一列に並んだのを見て
「冷麺スーパーリーチや!確変突入くるで、これェ!」
とわたしが喜々として叫び出しながらファインダーを覗くと、幡野さんは
「あのちょっと黙ってもらっていいですか」
と箸を持ちながら、一閃のツッコミを入れてくれました。向かいで、高校生がブホォッとこらえきれない笑いを手の甲に漏らしていました。
わたし、あの時、すごく幸せだったんです。
幡野さんと高校生が大好きで、大好きな二人が笑ってくれて、美味しくて、もう本当に幸せだったんです。わたしが高校生だったときって、スベりまくってましたし。
あの幸せを味わいたくて、これから先、人生がしんどくなったら冷麺スーパーリーチの写真を眺めると思います。それで幡野さんと高校生に笑ってもらったことを、今日のことみたいに思い出すと思います。
わたし以外には、ただ冷麺が並んでる写真にしか見えませんが、逆にそれでいいんですね。
「どうして岸田さんはこの写真を撮ったの?」
誰かから聞かれて、冷麺スーパーリーチについて語りだす未来を心待ちにもします。
ひとつ、幡野さんに謝ります。
「noteを書いたら、一応、幡野さんに確認してもらいますね」と言いましたが、確認してもらうのをやめました。まさかこんな手紙のようなnoteになると予想してなく、幡野さんも確認しろって言われたら困るだろうなと思ったからです。ごめんなさい。
雨に濡れた中古のライカQは、無事でした。ちゃんと持ち歩いています。ちょっと重くて、首がこります。
今日は母を撮りました。幡野さんに会いたがっていました。
ありがとうございました、それではまたどこかで。
週末にグループホームから帰ってくる弟や、ばあちゃんと美味しいものを食べます。中華料理が好きです。