【突撃!岸田の文ごはん】浅生鴨さんは、最後に一文付け足すらしい
言葉の勉強をしようと思ったら、伝説のしゃもじを授かり、突撃することになった私の大長編です。
そんなわけで、私は、大きなしゃもじを持って、浅生鴨(あそう・かも)さんへ会いに行った。
「うまいタイトルの付け方」を学ぶためだ。
浅生さんは別れ際に「1行目を書けたら、あとは勝手に続くよ」と言ってくれたのだが、私はこの1行目を書いて、しばらく頭を抱えた。
どうなるかわからないけど、目の前で起こったことをそのまま書くね。
火曜日の朝だった。
今回の現場である「株式会社ほぼ日」に向かうため、私は、東京メトロ銀座線に乗り込んだ。
家にあったできるだけ大きなカバンからはみ出すしゃもじは、まるで最初からそう決まっていたかのように、扉に挟まった。
駅員さんがあわてて駆け寄ってきて。
「お客さま!その!お荷物を!お引きください!」
あわててカバンを中に引き込んだけど。
カバンの中で滑って動いたしゃもじは、結局また、扉に挟まった。
「お客さま!木材です!その!木材を!お引きください!」
いや、そうなるよね。
しゃもじがしゃもじたる部分は、カバンで隠れてて。
見えてんの、持ち手の部分だけだったから。
ないよね。しゃもじの持ち手だけ、見る機会って。
しゃもじがチラリ。しゃもチラ。
まさか駅員さんは、大きなしゃもじが扉に挟まっていたとは思うまい
さて、しゃもチラしながら、「ほぼ日」の会議室に到着しまして。
「ほぼ日」の永田さんと、羽佐田さんが、いました。
「観客として来ました」
……いつの間にか、観客が動員されている!
「今日の対戦を本当に楽しみにしていました」
……いつの間にか、対戦することになっている!
そして、子育て中の羽佐田さんは、めためたにカワイイ赤ちゃんも一緒。
一瞬にして「おかあさんといっしょ」のようになった現場。
新番組「しゃもじといっしょ」が始まってしまう。
そこに浅生鴨さんが、ぬっと姿を現した。
(本当に、ぬっと姿を現した)
はい。
浅生鴨さんです。
ゆるいツイートで話題になった元「NHK_PR1号」の中の人であり。
最近ドラマ化が決定した小説「伴走者」の著者であり。
表示するとピーピーガーガーとPCが鳴り出して、ダイアルアップ接続しそうなWEBサイトを管理している人であり。
浅生鴨さんです。
じ、実在した……!
「あっ、これ入ってくるところから写真撮った方がいいですね。じゃあ、岸田さん、どうぞ」
「ウォリャァーーーーーーーーーーーッ!!!」
「ヨイショーーーーーーーーーーーーッ!!!」
こういう写真も撮らせてくれた。
ちなみに一連の写真を撮ってくれたのは、「ほぼ日」の永田さんである。永田さんはとてもえらい人で、以前、講談社で「永田さんにこんなこと手伝ってもらってー……」と言ったら「な、永田さんにですか!?ほぼ日の!?」とドン引きされた。
そんな永田さんに、撮影係をさせてしまった。
どうせ、過去は嘘なので
岸田:はじめまして!今日はスーツなんですね。
浅生:大きなしゃもじを持ってくるって聞いたので、手ぶらできちゃダメだなーと。
岸田:それでスーツを?
浅生:それでスーツを。
岸田:めちゃくちゃマジメなんですね。
浅生:めちゃくちゃマジメですよ!(怒)
岸田:きっと、たぶんですけど、良い人ですよね。
浅生:たぶん良い人ですよ!(怒)
ちなみに、私が浅生鴨さんに会うまで、Twitterで仕入れていた事前情報はこちらである。
緊張していたら、とても良い人だったのである。
ちなみに、サングラスの奥には、ものすごく「まったりした優しい目」が透けて見えた。
岸田:浅生鴨さんの本「中の人などいない@NHK広報のツイートはなぜユルい?」、すごくおもしろかったです!
浅生:知ってます!
岸田:ですよね〜〜〜〜!
岸田:えーと……。
浅生:続けてください。
岸田:これ、全部実話ですよね?
浅生:実話です。
岸田:浅生さんがはじめてTwitterを運営することになって、ああじゃないこうじゃない言いながら、まわりの人を助けたり助けなかったりする展開が、本当にドラマチックでおもしろくて!
浅生:ありがとうございます!
岸田:でも、私が救われたのは、この本のあとがきです。
この本は、これまでのツイートを振り返りながら、私がその時々でなにを思い、どんなツイートをしてきたのかを、一方的に美化された私の記憶をたよりにまとめてみたものです。同じエピソードでも、ほかの人から見れば、えっ?そうじゃなかったのでは?と思われるものがあるかもしれません。でもいいんです。都合よく自分を美化できるのが、記憶のいいところなのですから。
(中の人などいない@NHK広報のツイートはなぜゆるい? 最後に より)
岸田:私は、家族との過去の話を書くのに、いつも葛藤するんです。
浅生:ほうほう。
岸田:過去のことなんてそんなに鮮明に覚えているわけじゃないのに、エッセイにすると、会話や情景を書き足していく必要があるじゃないですか。それって「人に嘘をついてる」ことになるんじゃないかな、と思って。
浅生:なるほど。
岸田:何年かしたら「おい、岸田、こっちのエッセイとあっちのエッセイで言ってることが微妙に違うぞ」って、5chで「嘘松」認定されないかが怖いんです。
浅生:いいんですよ。どうせ過去は、嘘なので。
岸田:えっ。
浅生:どうせみんな過去なんて覚えてないから、気にしなくて良いんです。
岸田:でも「嘘つき」って言われるの、怖くないですか?
浅生:いいえ。そもそも僕は嘘が好きだから、よく嘘つくんですよね。
岸田:糸井さんからも「嘘ばかり言う」と……。
浅生:僕が浅生鴨かどうかも、わからないですからね。
岸田:その嘘はちょっと。
浅生:だって、本物はパーカー着てますから。
岸田:田中泰延さんが「浅生鴨さんはすぐ迷子になるのに、イベント前にもかかわらず会場のまわりを散歩しに行った」みたいなこと言ってましたけど、それも嘘ですか?
浅生:本当です。迷子になりました。お客さんに偶然見つけてもらって、会場に帰りました。
岸田:そんなことあります?
浅生:あります。
岸田:本当か嘘か、まったくわからない……。
浅生:あのね、人なんて、矛盾してて当たり前なんですよ。僕は子どもの頃、ピーマンがすごく嫌いだったんです。でも、今は大好きだから「僕はピーマンが大好きです!」って言ったとしたら、「いやお前、嫌いって言ってたじゃねえかよ!嘘つき!」って言ってくる人、バカじゃないですか?
岸田:バカですね。
浅生:いい人と悪い人は、同時に自分の中で存在するんです。ホールケーキを自分のだけ大きく切り分けるケチな人も、別の場面では、他の人へ大きめに切り分けてあげてたりするんですよ。
岸田:たしかに。高齢者に席を譲るけど、募金はしない、とかね。
浅生:これを「嘘」っていう人は、人間をわかってないだけ。WIndowsの……ええと、なんでしたっけ?いまの最新バージョン……ああ、そうだ、Windows XP!
岸田:Windows XPは、私が小学生の時のバージョンですね……。
浅生:Windowsだって、アップデートされるじゃないですか。人間も同じで、アップデートされるんです。ただそれだけ。前のバージョンの話されても「それはもうサポート終了してるんで存じ上げませんね」で終わりですよ。
岸田:ああ、心が軽くなりました。アップデートだと思ってガンガン書きます。
浅生:よかった。
岸田:今日はこれだけでも、聞けてよかったです。本当に。
浅生:じゃあ、終了。
岸田:いやいやいや!もうちょっと!聞かせてください!
タイトルは、本文を書いてから一文付け足す
岸田:今日は浅生鴨さんに、「タイトルのつけ方」を聞きたかったんです。
浅生:ああ。タイトルはですね、上手なつけ方が一つあります。
岸田:おお!
浅生:僕はいっさい、やらないけど。面倒だから。
岸田:そんな……。
浅生:まず、タイトルをつけずに本文を書きます。
岸田:はい。
浅生:書き終わったら、全部読みます。
岸田:はい。
浅生:読み終わったあと「最後にもう1行、足すとしたら」を考えます。
岸田:なるほど。
浅生:それがタイトルです。
岸田:おお〜〜〜〜〜!!!
浅生:これですね、映画のタイトルと似てるんです。映画って、終わったあと「ボゥンッ」って最後にもう一度タイトルが出てきません?
岸田:出てきます。「ボゥンッ」て。
浅生:「ゼロ・グラビティ(2013年)」っていう宇宙の映画があるんですけど。あれね、邦題だとよくわかんないんですけど、原題は「グラビティ」なんです。重力。
(ここから、ゼロ・グラビティの軽いネタバレ)
浅生:ラストシーンで、やっと地球に戻ってきて、歩き始めたところで「グラビティ」っていうタイトルが出るんです。そこで、ああ、やっと重力のある場所に帰ってきたんだな、っていうのがわかるわけ。
岸田:は〜〜〜〜!なるほど!なんで邦題は変えちゃったんですかね。
浅生:宇宙の話ってのがわかんないからじゃないかな。
(ここまで、ゼロ・グラビティの軽いネタバレ)
岸田:タイトルから書き始めるから、行き詰まってました。
浅生:うん、みんなそうなんですよ。
岸田:これからは全部読み終わってから、タイトルをつけます。
浅生:はい。これで終了?
岸田:もうちょっと!もうちょっとだけ!
ネタ出しには、9マスが便利に使えマス
岸田:浅生さんは、多作ですよね。小説、エッセイ、商業出版だけじゃなくて自費出版まで……。
浅生:大変ですよお。
岸田:私、これから小説を書こうと思って。
浅生:おっ、いいですね。
岸田:でも、すぐにネタに詰まって書けなくなります。
浅生:わかる。連載してると地獄ですからね。地獄。
岸田:浅生さんはいつもどうやってネタを考えてますか?
浅生:うーん。いろいろあるけど。
岸田:「だから僕は、ググらない」には、9マスで考えると書かれてたので、実際に教えてもらおうと思って、9マスを作って持ってきました。
浅生:おお。えらい。
浅生鴨さんは、アイデアに詰まった時は、この9マス(奥にあるのはさらに発展させた81マス)を使って、妄想するとのこと。
浅生:じゃあ9マスを使って、実際に岸田さんが小説で書けそうなネタを作ってみましょう。
岸田:やった〜〜〜〜!
浅生:まず、テーマを決めます。なににしましょう。
岸田:じゃあ「お墓」をテーマになにか書いてみたかったので、お墓で。
浅生:はい。お墓をまんなかに書きます。
浅生:残りの8マスに、お墓から連想する言葉を、なんでも良いから埋めてください。
岸田:お墓から連想する言葉……。「別れ」とか「祈り」かな。
浅生:僕は書けました。
岸田:はやっ!私、まだ半分しか埋まってないです。
浅生:一番ダメなのが「なにかウケることを書こう」っていう気持ちです。ベタでも良いから、とにかく、数を出してください。
岸田:こうなりました。
浅生:「お墓」と「デート」ってなに!?
岸田:これは……仏教国のミャンマーに行った時、ナウなヤングの流行が「お墓でデートする」だったので、それを思い出しました。
浅生:なるほど。それでもう一作、書けますね。
岸田:本当だ。
浅生:あと、関係なさそうなものを組み合わせるといいんですよ。
浅生:これだったら「墓荒らしデート」なるものが成り立つわけです。
岸田:おお……どういうデートなんだろう。
浅生:そう!そこから考え始めて、妄想をふくらませるんです。
岸田:浅生さんはここからどうするんですか?
浅生:僕は、最初のシーンをまず考えます。これなら「若い男女がお墓で、デートの後に墓荒らしをしている」というシーンですよね。
岸田:怖い。
浅生:それで一行目を書き始めちゃえば、あとはなんとかなります。
浅生:僕はこれです。
岸田:「ラグビーの試合前」ってなんですか……?
ここで、押し黙る浅生さん。
すかさず永田さんが「ハカだ……」とつぶやいた。(さすが)
岸田:ダジャレじゃないですか!!!!!!!!
浅生:いいんですよダジャレでっ!「墓の前でラグビー選手がハカを披露する小説」おもしろそうでしょ。
岸田:絶対に書きたくないけど、めちゃくちゃ読みたい。
浅生:とにかく小説は出発点が大切なので。こうやって、関係ない言葉を組み合わせれば、ネタは無限に出てきますから。
突撃のさいごに
岸田:浅生鴨さん、今日はありがとうございました。
浅生:いえいえ。書くのってしんどいですからね。あらゆる欲を捨てると、解脱できて楽になりますよ。
岸田:いつ解脱できたんですか?
浅生:31歳です。
岸田:今はおいくつですか?
浅生:……48歳?
岸田:いや、聞かれても……。
浅生:31歳のときに交通事故で死にかけて、解脱しました。今は、おまけの人生だと思ってます。だから、誰かになにかを言われても、怖くないし、気にしません。
岸田:そうだったんですか。
浅生:もらえるものはなんでも、もらいます。風邪もトラブルも。逆に、出すものは下からでも嫌です。
岸田:下からはちゃんと出しといてください。
浅生:とにかく、岸田さん。たくさん書くには、たくさん読んでください。それしかないです、きっと。
浅生鴨さんの著書「伴走者」。伴走者とは、視覚障害のある選手が安心して全力を出せるように、選手の目の代わりとなって周囲の状況や方向を伝えたり、ペース配分やタイム管理をしたりする存在のことです。
作中で主人公たちは、2時間半でレースを走りますが、なんと、この文章を読み終わる時間もだいたい2時間半。つまり、レースを走っているつもりで、主人公たちと同じ熱き戦いを、私たちもリアルに味わえるんです。
浅生鴨さんは、これを計算して書いたとのこと。すごい。でも、本当なのか嘘なのか、私にはわかりません。
「突撃!岸田の文ごはん」では、協力してくださった人に、ごはんをお渡しすることにします。
浅生鴨さんには、大切な大切なネコ社員さんのために、プレイアーデンの高級ネコごはんをお渡ししました。(人間が食べられる、招きネコあられも同梱)
しゃもじに、サインしてくれる、浅生鴨さんでした。
次は「言葉ダイエット」の著者、コピーライターの橋口幸生さんに突撃します!
※この記事にサポートしてくださった人には、心ばかりですが、浅生さんへの突撃で私が感じたおまけエッセイをお送りします。(いただいたお金は突撃の交通費、ご飯代にあてます)