近況おたずね雑談『どないしてますのん?』(病理医ヤンデル先生と岸田奈美)
タイムラインにいつでもいつもいるあの人が、いなくなっちゃうのってさみしい。
岸田奈美が最近あんまり話せてないあの人に「どないしてますのん?」と、近況をおたずねする勢いで雑談をしかけるTwitter Space配信。
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雑談のお相手は、病理医ヤンデル先生。
本当にやばいとき、冷や汗ではなく血が流れる
岸田 お医者さんの学会って、えらい人ほど『素人質問で恐縮ですが』って腰を低〜くして入ってくるって本当ですか?
ヤンデル 半分本当で、半分ウソですね
岸田 ウソ?
ヤンデル そう。あのね、中途半端にえらい人は、すごくえらそうに発言します。でも本当にね、本当に、きら星のようなごく一部のマジのえらい人がさ。
岸田 きら星のような……?
ヤンデル そういう人が低姿勢で入ってくるときは、もう、背中に変な汗……汗でもないな、なんて言うんだろう、血液のような。
岸田 血液のような……?
ヤンデル 血液ってほら、体温と同じ温度だから。おでこの傷口から流れてくる血に気づけないみたいなことってあるじゃないですか。手を当てて、ようやく「ああっ!血だ!」ってなるのと同じで。
岸田 ゾクゾクとか、ヒヤリとかじゃなくて?
ヤンデル ちがう。学会で演説台を降りるでしょ。背中がもう汗でビショビショだよ〜と思って、手を当てたら、もう血まみれ。本当にやばいときって、背中に冷や汗じゃなくて血が流れるので。
岸田 ああ、骨折した直後でもアドレナリンがドバドバ出てる時だと、意外と動けちゃうっていうのあります。
ヤンデル ありますよ、ありますさ。もうそれはね、あるね。極限を過ぎてホッとすると、痛みが戻ってくるっていうね。
ヤンデル先生、Twitterやめちゃうんですか?
ヤンデル で、あなたは何を聞きたいんだい。
岸田 ヤンデル先生にまつわる噂がありまして。
ヤンデル 噂が。
岸田 ヤンデル先生がTwitterをやめるという噂が。
ヤンデル なるほど。うん、そうだよ。
岸田 なんでだよ!
ヤンデル なんでとは……。
岸田 わたしね、才能って“好き”で食っていけることじゃなくて、“やめたくても、やめられない”ってことだと思うんですよ。
ヤンデル 俺の大好きな『違国日記』で似たようなことが書かれてたな。
岸田 わたしの大好きな『違国日記』で得た知識ですよ。
ヤンデル おおう。
岸田 んでね、ヤンデル先生のTwitterって、もう、やめたくてもやめられない人のTwitterじゃないですか。
ヤンデル 言いたいことがわかってきたよ。
岸田 ヤンデル先生がTwitterにずっといて、タイムラインを見たらいつも何かしら言ってて、医療や選書やダジャレが目に入ってくる……っていう安心感があったわけ。
ヤンデル ありがとう。
岸田 力尽きるようにフェードアウトしていくなら、まだわかるんです。けど、そうじゃないっぽいじゃん。そこにどういう心の変化があったのかを聞きたい。
ヤンデル ありがとう。せっかくだから、岸田さんが使った言葉のどれかを使ってお答えしようかな。
岸田 本日のシェフ?
ヤンデル お持ち込みいただいた食材を使って、お料理いたしますので。釣ってきた魚をさばくところからやりますんで。神経締めから……もう脱線。止まらないからやめよう。
岸田 食べ物の話は禁止です。
ヤンデル 力尽きるように、って言ったけど、もう力尽きてるなって自分で思ったんだよ。最近の自分のツイートを見てるともう、全盛期から明らかに力尽きつつあるんだよ。
岸田 ヤンデル先生の全盛期ってどんな?
ヤンデル 僕にとっての全盛期っていうのは、受信がきちんとできている時、だと思うんだよ。発信じゃなくて、受信。だから自然とタイムラインに流れてくるさまざまな話題を、自分に取り込めれば取り込めるほど、調子がいい。
岸田 15万人もフォローしちゃってるからでは?
ヤンデル それもあるけど、Twitterってフォローしてない人の投稿も流してくるでしょう。自分に関係のない話題だと思っても、とりあえず一回自分の中に入れてみると、ちゃんと回るわけ。それができてる時は、Twitterに片足を置いてる甲斐があるって感じてるのね。
岸田 たしかに。思いがけず、すごく大切な話に出会えると嬉しいですね。
ヤンデル 例えばね、僕のタイムラインにはすごく良いことを言う哲学者や、良いことを言う美術関係者や、良い鳴き方をする犬(リンク)がいる。その人たちの投稿を見て「うわあ、面白いこと言うなあ。フォローして良かったなあ!」っていうのは今もある。
岸田 あるある。
ヤンデル ところがね、今年に入ってからぐらいと思うんだけど、Twitterから得られる情報の総量が減っちゃった。
岸田 それは面白いと思える話題が減ったのか、ヤンデル先生の受信力が落ちてるのか、どっちでしょう?
ヤンデル どっちもです。全盛期の僕はまったく誰も知らない状態でも、面白い人たちの投稿に出会えるだけの受信ができてた。タイムラインを眺めてるだけで知らない人の良い話に出会えてフォローして、「ここはいい世界だな」って思うのを繰り返してたはずなのに。
岸田 今は?
ヤンデル 今は「わ!この人をフォローしよう!」って、自分から行くのがすごく少なくなってきてる。
岸田 世界を知り尽くしてしまったということですか?
ヤンデル 知り尽くせるわけないじゃない。仮に知り尽くしたとしてもだよ、次から次へと新しいものは出てくるじゃない。ところが、Twitterのフォローをどれだけ増やしても、Twitter経由で新しいものがうまく得られなくなった。なんなら、フォローしてた人の投稿を見に行く時間も減っちゃってる。
岸田 Twitterから受信できなくなってる、と。
ヤンデル 受信する情報が減ると、送信する情報が偏っちゃうんですよ。どっちも減らさないとバランスが取れない。
岸田 なるほど。Twitterを辞めるんじゃなくて、発信を減らすってことですね。
ヤンデル そうそう。最終章に入るということです。
病理の広報から管理職へ、Twitter出世
岸田 ヤンデル先生はなんでTwitterをはじめたんですか?
ヤンデル 2011年からやってて、それはね、離婚して暇になったから。
岸田 それでTwitterに行くとは。
ヤンデル 病理の広報をしようと思って。「病理はこんなに素晴らしい世界ですよ」とか「病理医として僕は頑張ってますよ」とかを投稿してたけど、2014年に方向性を変えたの。それは漫画『フラジャイル』が登場したからなんだよ。
岸田 最高すぎる漫画!
ヤンデル 読めば病理の世界を知りたくなる優れた漫画で、僕がTwitterで伝えたかったことをやってくれた。となると僕は『フラジャイル』を広める他に、これから何を発信しようかなって考え直して、病理の広報にこだわることをやめようと。
岸田 わたしがTwitterではじめてヤンデル先生を見つけたとき、“いらすとや”の絵を使って、ありとあらゆるダジャレを精製し続けている姿が衝撃でしたけど。
ヤンデル いろいろね。
岸田 あと、膨大な数のリプライに即レスしてる姿も。
ヤンデル あれはもう、脊髄。脊髄で喋ってる。
岸田 脳を経由せずに……。
ヤンデル Twitterだけじゃなくて、現実でもやることが変わってきてて。今年から来年にかけて、いろんな医療情報のイベントに呼ばれて、裏方をやることになったんだよ。僕はなぜか“SNSに慣れ尽くしてる人”として、企画している若い人たちに、誰の声をどう届けたらみんなが喜ぶかとかをアドバイスしたり、発信方法の調整とかをやったりする立場で。
岸田 たしかに、ヤンデル先生はこのごろ「今度このイベントの運営やります」みたいなツイートが増えたような気がします。
ヤンデル つまり僕はね、Twitterの世界の現場職から管理職に出世したんだよ。
岸田 おめでとうございます。昇給も福利厚生もないTwitterの世界とはいえ、おめでとうございます。
ヤンデル 最終的にどうなるかっていうと、専務とか常務に出世するんじゃなくて、たぶん関連会社に出向して一生を終える。
岸田 『島耕作』的な。
ヤンデル 『島耕作』ではないよ。
岸田 管理職のままでも、現場にずっといてよ。そっちの方が現場も安心じゃん!
ヤンデル あなたもそうだと思うけど、僕はTwitterをやる上で、誰かをお手本にしてやってきたわけじゃなくて。すごい速さでトレンドやうまい使い方が変わっていくから、なんとなく試行錯誤してたら、こういうおじさんになりましたっていうのが僕で。きっと今の若い人たちも、僕みたいな前例をお手本にするより、試行錯誤していくうちに全く新しいなにかをやってくれると思うんだよ。
岸田 うう……表示されやすいツイートの傾向とか、アルゴリズムとか、そもそも機能すらどんどん変わってるもんなあ……。
ヤンデル 試行錯誤する若い人たちを、上にいるおじさんがフタすることだけは、あっちゃいけないと思うから。
岸田 なんて立派なおじさんなんだ!
ヤンデル 11年前に僕がTwitterをはじめたときに、僕の一世代、二世代上の人たちが何をしてたかをちゃんと知っておきたいんです。たぶんきっとね、色んなことをせき止めてくれてたんだよ。そのおかげで、僕がすごく気楽にTwitterができてたって構造が、絶対にあるんだよ。僕がまだ感謝しきれてない構造がね。
岸田 うん……。
ヤンデル 今度は僕がその構造を担当して、何らかをせき止めて、若い人がTwitterで発信と受信を気楽にできるようにしたい。となるとまずは、やっぱり裏方に回らないといけないんじゃないかなと今は思います。
千寿せんべいのブラキストン線
岸田 最終章が終わるの、さみしい。だっていつTwitter開いても、ヤンデル先生はいるから。法事の季節の千寿せんべいぐらい、いつもいる。
ヤンデル 千寿せんべい、ググった。
岸田 千寿せんべいが家にない人!?
ヤンデル ない。
岸田 嘘だあ。千寿せんべいってみんなの家にあるもんだと思ってた。
ヤンデル それってさ、あれなんじゃないの。津軽海峡よりこっちに来てるかどうか。あそこに一応、国境が引かれてるようなもんだからさ。
岸田 わたしが好きなちょびはその国境を渡ってきてないもんな。
ヤンデル やっぱりさ、ナウマン象とマンモスの違いみたいなのがあるんだよ。
岸田 どういうこと!?
ヤンデル ゾウはゾウでも、ブラキストン線より南か北かで、種類がまったく変わるの。
岸田 わたしが千寿せんべいだと思ってるものが、津軽海峡を越えたそちらでは、まったく違う姿で違う名前で呼ばれてるかもしれないのか……。
ヤンデル 昔に得た知識だけで適当に言ったので、Twitter検定では不合格ですけどね。
岸田 回転焼きも、地域によって大判焼きだったり、御座候だったりする。
ヤンデル よくもそんなTwitterで論争になりそうな話を的確に持ってこれるね。
岸田 最後だというのに脱線してしまった。
ヤンデル 食べ物の話は禁止です。
病理医ヤンデル先生は最終章に入っても、なんでもないヤンデル先生(もしくはヤンデル君)は残ってくれそうだなと、わたしは一抹の望みを持っているよ。
聞いてくれた人、読んでくれた人、ありがとうございました。