究極のヘッドスパを受け、銀河鉄道を三匹と旅した夜
宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」を読んでいた。読み込んでいた。
あす土曜日、著名な書評家のかたと語り合うのだ。一言一句、逃してなるものかと。鉱石や鳥たちが息づく美しい文章を、両の眼からダバダバとポカリスエットのように取り込んでた。もう、タップタプ。
まあ、そんなこんなで、目と肩が壊滅的なダメージを受けたわけで。故障も故障で、今シーズンは絶望的。
悪いところに煙かぶったら治るってうわさの浅草寺へ行き、両目かっぴらいて煙でいぶすしかねえ。そう思ってたら。
「予約のとれない究極のヘッドスパが、今ならキャンセル待ちですべりこめるらしい」っていう、うわさを聞きまして。
知ってるかな。
「悟空のきもち」ってところ。有名だよね。
WEBサイト開いたら、「快感の絶頂で眠りに落とす」とか「どんな大人も10分で眠らせる」とか書いてあって、しまいには京都発。脳裏に浮かぶビジュアル、圧倒的な陰陽師。京都に抱いてるイメージが乏しすぎ。
予約がとれねーとれねーって聞いてたから諦めてたんだけど、WEBとかLINE見てると、本当にけっこうキャンセルで空きが出てんの。
明日10:00に空いてっからおいでよ!みたいな、ジーンズにねじ込んでくるレベルのタイトさだったりするけど。外出自粛でフリーランスのわたしは、行けんのよ。
んで、行ってきた。
(※招待されたわけでなく、このnoteはわたしが勝手に行って勝手に書いた)
原宿神宮店ってところに行って、ドア開けた時点で、もうすごかった。
嘘偽りなく、ありのままに見たことだけを書くね。
トリビアの泉でしか見たことがない金色の巨大な脳みそのオブジェに、電極が刺さってる。ユニバーサルスタジオジャパンの入り口でかかってる音楽が流れてる。その後ろに、ギラギラした巨大な歯車と宇宙が広がる。
陰陽師が一転し、おそいかかってくるのは圧倒的な大阪感。これ、大阪でもファンキーめなババアがやってる個人商店とかの情報量の多さなのよ。
「いらっしゃいませ。はじめてのお客さまですね。当店のマッサージは頭のもみほぐしを中心に行っていき、オイルやシャンプーなどは使用しませんので」
迎えてくれたお姉さんが、わたしの目を見て、ものすんごく丁寧に説明してくれるの。でも申し訳ないけど、まったく頭に入ってこないの。
すぐ後ろのモニターに、虹色のサイケデリックな多次元空間でオーバーリアクションしながら同じ説明してるスキンヘッドのおじさんが映ってるから。
これからマッサージを受けようとしてる頭が大混乱してんの。彼は誰なの。そこはどこなの。
「では、ベッドに移動します。地下一階へお連れしますね」
お姉さんに連れられてエレベーターを降りると、天井に星がまたたく、夜空のようなフロアに到着した。
あれよあれよと個室のベッドに寝かされて、お姉さんがまず肩やデコルテから強さを確かめるように、ゆっくり押してくれる。
この時のベッドが、すでに気持ちいい。最高。
なんかちょっと揺れてる。揺れてるつっても、わかんないくらい。雲って感じ。乗ったことないけど、ふわふわした雲って感じ。
でもこれ、あとからじっくり見たら、どう考えても揺れるような仕組みのベッドに見えなくて。わたしが勝手に揺れていた可能性がある。強烈なアル中でいつも小刻みに揺れていた、うちのじいちゃんを思い出した。
「では、頭をほぐしていきますね」
お姉さんのささやきとともに、快楽の時間は始まった。
こめかみのあたりから、頭頂部にむかって、ぐっぐっとお姉さんの指が当たっていく。わたしのガッチガチの頭皮が、うどん粉のようにほぐされていく。
ぶっちゃけ、最初はそこまでじゃなかった。
触られた瞬間に、よだれをまき散らして白目を剥くくらい気持ちいいのかと思ってたら、まあ普通に気持ちいいくらい。口がちょっと開くレベル。
ただ、すごかったのは、ね。
(なんだこんなもんか……でも気持ちいいな……めっちゃほぐれていくな……あれっ……これどこまでほぐれるの……?えっ、えっ)
気持ちよさの上限がない。
普通マッサージって、コリがとれたら、気持ちいいのが終わって、痛くなったりするじゃん。それがない。青天井。気持ちよさのゲージが、ぐんぐんと上がっていく。
なにをされているのかわからなくなっていく。
気がついたらわたしは、銀河鉄道に乗っていた。
唐突にもほどがあるが、つまるところ、夢を見ていた。
「大人を10分で眠りに落とす」と言われたら、抗いたくなるじゃん。手術前の麻酔みたいにさ。抗ったの。でもムリだった。
なんつーか、夢と現実の継ぎ目がなかった。
意識がずっと薄いところで続いてる。頭をほぐされてる感覚がずっとあるのに、目の前の景色だけが変わってる。明晰夢っつーのかな。
普通、眠ったらプツッと意識が途絶えるじゃん。それがない。一番気持ちいいところで、夢が始まる。
まぶたの裏で映画が上映されるみたいに、スムーズ。阪急西宮ガーデンズの駐車場整理のガードマン並みにスムーズ。
話は戻って、わたしは銀河を走る列車に乗っていた。
直前まで宮沢賢治を読んでたからか!やったぞ!すごいぞ!
あんなに憧れた本の中にいる。
嬉しくて嬉しくて、涙が出そうになった。
小さな黄色の電燈がならんだ車室、ずらっと並ぶ客席には青色のつやつやした布が張られていて、窓の外には星くずや惑星が光っている。
わくわくした。ここから夢にまで見た旅がはじまるのだ。夢だけど。
席は、4名がけのボックス席だった。わたしが持っている乗車券(なぜかJR東海の切符と同じだった)に、番号が書いてある。
ガタガタ揺れる車内を歩いて、そこへたどり着くと、すでにボックス席には3人の先客がいた。
スーツ姿の男性だ。
おい。
これ、東京カレンダー的な展開になるんとちゃうんか。
ワンランク上の姫気分を味わえるんとちゃうんか。
わたしの心は踊った。
「ちょっとすみません、座らせてください」
声をかける。
あれっ、振り向いた横顔がちょっと、お年を召していらっしゃるな。でも銀河鉄道に渋いイケオジっていうのも悪くない。むしろエモい。
「ええ、ええ、どうぞ。通路側ですけれど」
三人とも、肩パッドの入った揃いのスーツ。一人は大きなメガネをかけている。どことなく、四角いシルエットが残る髪型。こんな登場人物が宮沢賢治の世界にいただろうか。思い出せない。
でも、どこかで見た気がする。
あっ。
レツゴー三匹だ。
ここで一度、わたしは目を覚ました。視界は暗い天井に戻る。お姉さんは頭をほぐしている。
気持ちよさがかき消えるくらい、びっくりしていた。
なぜレツゴー三匹がいるんだ。
昭和の漫才トリオだぞ。
リアルタイムで見た覚えなどない。なんか昔、キムタクが出ているドラマで名前だけ聞いて、気になって一度か二度だけ検索したくらいだ。
それぞれの名前すらわからない。自己紹介で三匹目(という数え方があっているのかもわからないが)が「三波春夫でございまあす」というのだけは知ってるが、そもそも三波春夫すらもよくわからない。
銀河鉄道にレツゴー三匹をあわせてくる、自分の頭が信じられなくなった。夢占いをできる人がいたら、どういう暗示なのか聞いてみたい。
混乱しているうちに、お姉さんは後頭部のもみほぐしに取りかかり、そこでわたしは再び眠りに落ちた。
わたしはよく、夢の続きを見ることがある。
なんともう一度、わたしは銀河を走る列車に乗っていた。
レツゴー三匹も乗っていた。
もう逃げられないのだと悟った。波止場と石原裕次郎はセットであるように、銀河鉄道にはレツゴー三匹がセットなのだ。
ここからはあまり夢の会話を覚えていないのだけど、なんか、せっかくほうき星やオリオン座を列車が横切っていくのに、レツゴー三匹はまったく景色に目もくれず、ずっとゲラゲラと話し込んでおり、わたしはずっとイライラしていた。
三匹目の彼がやたらと姿勢よく座っているので、通路側のわたしからは、どうやっても白鳥の停車場が見えなかった。つらい。
「外を見ないなら、窓際と代わってくれませんか」
わたしは勇気を出して、申し出た。
レツゴー三匹はおのおの顔を見合せて、ニッカリと笑った。
「僕たち、もうすぐ降りるので、楽しみなさいよ」
背中のあたりに気持ちの良いなにかが沈み込む感覚があり、夢から現実に戻っていく。
なんだか、無性な切なさだけが、おでこの奥辺りで後味のように残った。
彼らの談笑に加わる決心ができなかったからだろうか。四匹目になるチャンスを、みすみす逃してしまったからだろうか。わからない。
「はい、それでは頭に冷たいスプレーをして、終わりますね」
お姉さんの声と、ジュワッという音。段々と頭が冴えてくる。
「お疲れさまでした」
そう言われて、起き上がる。
えっ。
「いかがですか?」
お姉さんが問いかける。
「目が……目が……見えます……」
驚きすぎていて、逆ムスカのようなことを言ってしまった。
霧の中みたいにぼやけていたわたしの視界が、はっきり、くっきり、している。明らかに目が良くなっている。メガネいらんのちゃうか、と思えるくらいだった。
肩も軽い。頭もスッキリしていて、てっぺんに向かって、頭が深呼吸をしているような。
よろよろと立ち上がりながら、靴を履き、一階のパウダールームに戻った。お姉さんに促され、アンケートを記入する。
そこに、こんな質問があった。
「もし覚えていたら、ご覧になった夢を教えてください」
わたしは「旅に出る」に迷いなく、丸をつけた。
さっきとは正反対に、やかましくてまぶしい、原宿の街に繰り出す。すっかり夜になってしまった空を見上げてみる。
さっき見えなかった白鳥の停車場が、この両目なら、見える気がした。レツゴー三匹はいまごろ、サザンクロスに着いただろうか。
11月22日と23日に、みんなで「銀河鉄道の夜」などの本を読んで感想文を書いて表彰するお祭りをします。
あす10月24日(土)19時から、書評家の三宅香帆さんと自分史上最高の読書感想文を書くための無料オンライン講座を開きます。お申し込みは↑から。