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告白とゆず大根

お盆休みは里帰り、しました。神戸の実家に。

そこには母と弟と祖母と犬がいて、まあ、変わらぬ光景です。

ここぞとばかりに外で焼き肉食わせてもらって、関西スーパーでお買い物周りをしていた途中。母が重い口を開きました。

「わたし、大切な存在を見つけてん」

ああ、ついにか、と。覚悟しました。

それまで私は母から「ねえ奈美ちゃん、なんかさぁ、王子様とかおらんのかなぁ?」と言われる度に、秒で「おらん」と返していました。

この言葉を発した時の、母の目って言ったら。

芸をしないトドを見るような目。

当たり前でしょうがと。

そもそも野生のトドは仕込まれてないと芸なんてできるわけないの。

ちゃんとイチから手塩にかけて調教しないと、芸なんてしないの。

だからね、そんな、娘が当たり前に王子様の牌を持ってる前提で話しかけるのやめて。

ラーメン屋にカレーライスが無いのと同じで、うちでは取り扱っておりませんの!残念ながら!三田(地元のど田舎)にそういうラーメン屋あるけど、超まずいでしょうが!

不肖トド、母に訪れた春を素直に喜びつつ

「えっと……どういう人なん?」

聞きました。

「ゆず大根」

非常に危なかった。

閉店間際のスーパーで良かった。

ちょっと周りに人がいたら隠しきれてなかった。

この動揺。

「ゆず大根って、漬物の……?」

「うん。ママはゆず大根がそばにいてくれれば、それでいい」

数秒の沈黙。真剣な顔をする母。

絞りだすようにして私は言った。

「……えっと、いっぺん聞くわ」

母の話をまとめるとこうです。

・ゆず大根の美味しさは、すごい。
・何度食べても食べ飽きない。
・ゆず大根は私のことを裏切らない。
・いざとなったら棺桶にゆず大根を入れて欲しい。
・ゆず大根と結婚する。

「あー、うん、そっか。ゆず大根ね。うんうん」

正直、ビタイチ(びた一文)わからんばい。

だってさ、この世界には人間が90億人もいるわけですよ。その内の半数が男性なわけでしょう?

100歩譲って憧れの対象が芸能人とかだったとしても、私は母に激励の言葉を送ったよ。同じ人類だ、ワンチャンスあるから狙っていけ!ってさ。

それがよりによって、ゆず大根。人類ですらねぇ。

「奈美ちゃんやったらわかってくれるやろ?」

お母さん、娘の目をよく見て。左斜め下向きだから。思いっきりクロール全開で泳いでるから。今年のメダル候補だから。

「と、とりあえず家に帰ろっか」

「うん」

静かにお会計を済ませて、家に帰りました。

例の報道があってから私たち家族は在りし日のキムタクのドラマを、死んだフナのような目で夜な夜な延々と観続けて脳みそに刻みこむという生活を送っているのですが。

かの名作、Beautiful Lifeを観ていたら。

ヒロインが「私が死んじゃうかもよ?」ってキムタクに泣いて縋る名シーン。

キムタクの「っていうか、死なせねーからさ」にかぶせて、ぼそりと聞こえる。

「っていうか、ゆず大根入れてやっからさ」

……棺桶に?

大阪に戻る前、私は仏壇に手を合わせました。

お父さん、大丈夫。

あなたの愛したお母さんは相変わらず、この調子です。

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スキに圧倒的感謝
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28歳の作家。100文字で済むことを2000文字で伝える。車いすユーザーの母、ダウン症の弟、亡くなった父の話など。講談社・小説現代 連載、文藝春秋2020年1月号巻頭随筆 執筆。コルク所属。 Official WEB→https://kishidanami.com/

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