免疫の病気になってもうた犬の記録
トイプードルの梅吉が、急性の免疫介在性溶血性貧血(IMHA)を発症した21日間のこと
9月23日(DAY1)
お天気がいいので、おもむろに犬をひっくり返し、天日干しをしていると。
「あっ!」
ドテッ腹に、赤いあざ! ひい、ふう、みい……5つも! ぶつけたんかな。
いや、いっぱいすぎて、おかしいぞ。
9月24日(DAY2)
痛くもかゆくもなさそうだがなんとなく、動物病院へ。
「顔色は悪くなさそうですねえ」
神妙にうなずいてしまったが、どこからどう見ても、愛犬の顔は毛むくじゃらの茶色である。
先生の目には見えるんだろうか。顔色が。
血液検査をしたら、免疫介在性溶血性貧血(IMHA)だった。
言いにくい…性が多い……なんなの……?
IMHAは、犬の免疫機能がおかしくなって、赤血球を壊してしまう病気らしい。プードルなど、特定の犬種がかかりやすい。
発見が遅れて重症化していれば、命も危なかったそうだ。
ゾッッッッ!
「血小板っていう、出血を止めるはたらきがあるんですが」
パサッ。
検査結果だ。
「梅吉くんの血小板、0です」
「0ォ……」
例のニュースの音程でつぶやいてしまった。
血が出れば止まらないし、いつ内蔵から出血してもおかしくないって。そんなあ。
「ふつうこの数値だと、グッタリするはずなんですが……ホンケンは元気そうですねえ」
ホンケ……?
あっ、本犬か。
本人じゃなくて。
なんて丁寧な先生なんだ。
プレドニン錠っていうステロイド薬と、胃腸薬を三日間飲ませて、本犬の様子を見ることになった。
9月25日(DAY3)
薬、ペッってする!
エサに混ぜても、ペッ!
オヤツで挟んでも、ペッ!
海原雄山みたいな顔しとるけども。
おいおいおい!
あんた、血小板0やぞ。
頼みの綱で『いなば ちゅ〜るポケット』を買ってきた。 チクワみたいなガワに、ちゅ〜るが詰まってるやつ。
犬用と猫用、どっちもあった。
これに薬を埋め込むと…… ペロンチョ!お見事!
「ようできたある」
母が感動していた。よくできてる。
ステロイドの副作用で、食欲旺盛や多尿があるかもと聞いていたけど、梅吉は特になにも変わらず。
9月26日(DAY4)
梅吉は、留守番ができない犬である。
いつもは週2回、だだっ広い草原を駆け回らせてくれる犬の幼稚園に預けていた。
しかし!今は!
すり傷でも作ろうもんなら死ぬ!
一種即発犬!
幼稚園になど預けられない。
梅吉の病気とともに、岸田家のロックダウンが開始した。 買い物に行けず、早々に食料が尽きる。
やけくそでウーバーイーツを頼んだ。
9月27 日(DAY5)
岸田家、ウーバーイーツの便利さにおぼれる。
とにかくお高いのだが
「まあ、あと1日だし!梅吉のあざも消えたし!」
が、堕落の合言葉になった。
そう。
梅吉のあざは、きれいに消えたのである。
これは、薬が効いたに違いない。
前祝い気分で『十番』のハラミ丼をイーツした。
梅吉にはシカのジャーキーをあげた。
肉は、犬も人も幸せにするのである。
9月28日(DAY6)
二度目の血液検査。
「残念ながら、血小板は0のままです」
「0ォ……」
耳を疑った。
薬がまったく効いてない。
「さすがに梅吉ちゃんグッタリしてましたか」
「いや……昨日、一緒にしこたま肉を食いました」
診察台で尻尾をぶんぶん振り回す梅吉。
あそぼォ!あそぼォ!どちて!どちたの!
先生も戸惑っていた。
ステロイドの薬が、倍に増やされた。
ところで、毎回先生が、
「可能であれば、血液検査をさせてもらえますか?」
やけに慎重にたずねてくるのが不思議だ。
だって、検査するしかないのに。
なんでだろう。
怒る人いるんかな。
会計した。
1万5000円だった。
なるほど……!
血液検査は……高い……!
こりゃ、たずねるわけだ……!
つまり。
梅吉が治らない限り、検査代がかさみ続けるのである。
ウワーッッッ!
命はお金に変えられないけど、ウワーッッッ!
「次はまた3日後に血液検査です」
ウ、ウワーッッッ!
9月29日(DAY7)
倍に増えた薬を、ちゅ〜るポケットにブチ込む。
「ほんま、ようできたある」
母が倍の感心をした。発明者に賞あげたい。
わたしは、梅吉が治るまで仕事休みます、とドサクサでサボり宣言をかましたところだったが、あわてて撤回した。
仕事ください!
なんでもやります!
どこへでも行きます!
梅吉の、お注射代を、稼がねばならんのです!
9月30日(DAY8)
仕事で東京出張。
神戸から始発で行き、終電で戻ってくる。きつい。しんどい。
うちは母の病院、弟の送迎、買い物などもあるので、しんどくてもこうするしかない。梅吉のためならエンヤコラ〜。
これが今週、あと3回。ベンチャー企業時代のブラック越えて漆黒だった働き方を思い出した。
生きる。
梅吉も生きろ。
10月1日(DAY9)
神戸では空前のカメムシ大量発生中。
つらい。
ロックダウン中の岸田家、来訪者、カメムシのみ。
「バウッ」
梅吉がカメムシを食った。吐いた。
わたしの一張羅が犠牲になった。
つらい。
10月2日(DAY10)
三度目の血液検査。
結果を待ってる間、オロオロする母が言った。
「あんた、若いのにシャンとしてえらいなァ……」
検査の結果が出るまでにオロオロしても、仕方ないんや。なぜなら結果が出て、治療始まってからが、勝負の時なんや。入院グッズをかき集めたり、お金稼いだり。
そりゃ、もう、検査後のほうが大変なので。
「いまは、心を無にして、体力を温存すべき」
「はあー。すごいわ。貫禄やわ」
その貫禄とやらは、死にかける病気を連発したあんたのせいである。
母が生死をさまよう三度目の手術の真っ最中、わたしはスーパー銭湯に浸かりながら待っていたのだ。なにごとも経験しとくもんだね。
結果が出た。
「やっぱり血小板は0のままです」
もう驚かへんぞ!
だいたい30%ぐらいの割合で、ステロイドが効かない犬がいるらしい。梅吉はそれっぽい。あーあ。
ここからの治療の選択肢は3つだ。
1.点滴をする
全身麻酔で入院が必要。
ものすごくよく効くが、一度使えば、もう二度と使えない。危篤になるぐらい重症になった時のために取っておいた方がいい。
2.注射をする
点滴の次によく効くが、副作用が重い。
吐いたり、肝臓や腎臓に不調が出たりする犬もいる。副作用の急変にそなえて、朝一で出直し、打つ必要がある。
3.免疫抑制剤を飲む
効果が出づらいが、副作用が軽い。
効くまでに数週間〜数ヶ月かかることもある。薬がデカいので飲めない犬も多い。
すぐ治るなら注射がいいかなと思ったけど、本犬が元気そうだからと、免疫抑制剤をすすめられる。シクロスポリンカプセルという薬だった。
10月3日(DAY11)
薬がデカい。工藤新一が飲まされたみたいなカプセル。ところが、ちゅ〜るポケットを2つ連結したらペロリ。
大優勝!
はやくトロフィーを…ちゅ〜るにトロフィーを!
病気がダラーッと続いて、心身が削られていくと「この病気でどうなるんだっけ」じゃなく「なんでこの病気になったんだろう」を気にしてしまうフェーズがある。それが今。
なにかのせいにすると、傷つくけど、納得できる。
でも、IMHAになる原因は、わからないらしい。
「こんな言い方も悲しいかもしれませんが、運が悪かったんです。岸田さんや梅吉くんのせいじゃないんですよ」
先生が言ってくれた。
薬の副作用で、午前中はグッタリしちゃう梅吉。
がんばれ。
10月4日(DAY12)
うおおおお!
梅吉のウンチが、強烈に臭くなった。
廊下からリビング抜けてベッドまで届く。
圧倒的な臭さ。
薬が効いてると信じたい。
がんばれ。
10月5日(DAY13)
口も臭くなった。
腐った大根を金魚の水槽で煮たにおいがする。
朝、目覚めると、顔の横で梅吉が深呼吸している。
がんばれ。
10月6日(DAY14)
ロックダウン、二週間目。
家の中でやることないので、
母と『梅吉音頭』を作詞作曲した。
う〜めやん♪
ソレッ!う〜めちゃん♪
10月7日(DAY15)
梅吉音頭が耳につきすぎて、ノイローゼになる。
もう忘れたい。
気絶させてほしい。
10月8日(DAY16)
東京出張3往復目、わたしの腰が死んだ。
人体は時速285kmで移動するようにできてない。
梅吉を抱っこしたまま、しばらく動けなかった。
夜は石像になった自分がケツから砕け散る夢を見た。
10月9日(DAY17)
四度目の血液検査。
母もわたしも、目が死んでいた。
梅吉は元気なのに、人間の体力が尽きていく。
「岸田さん!」
パサッ。
「梅吉くん、がんばりました!」
血小板の数値が0ォ……?
いやっ!
0. 6ゥ……!?!?!?
「ほんのちょっとですが、上がりました!薬効いてます!」
「や、やったー!」
梅吉を抱いて、ヤッターワン!回復の狼煙をあげよ!
されど0.6である。 正常値は18.6以上だそうな。
ズコーッ。
だがしかし、わずかでも、偉大な一歩である。
10月10日(DAY18)
ウンチが臭い。しかも緩い。
床が大変なことになっている。
「お便(べん)便べ便♪」
ターミネーターのテーマ曲で、母が掃除する。限界が近い。
10月11日(DAY19)
ちゅ〜るポケットがなくなったので、メディボールという薬をくるむお肉を試してみる。
肉だけ食べて、薬をペッとしやがった。
ドヤ顔だった。
麻薬探知犬みたいなたたずまいやね、キミ。
たいそうな病気しとるけども。
メディボールは小さな薬を飲むときは便利だったので、ちゅ〜るポケットと使い分けよう。
免疫抑制剤の副作用で、下痢が続いている。
先生に電話したら、
薬のフラジール内服錠と、サプリメントのマイトマックススーパーを出してくれた。
内服錠はあんまり効かなかったけど、サプリメントがすごい。飲んだ日から、いいウンチに戻った。
10月12日(DAY20)
神頼みの日。
父の仏壇に秘蔵の線香(白檀、お中元、一箱5,000円)を焚く。
祖父母の墓のある方向に手をあわせる。
ナムナム。
梅吉を助けたまえ。
10月13日(DAY21)
五度目の血液検査。
めずらしく、弟が病院までついてきた。
心配してくれてんねんな、とホロリしそうになったが、診察室に入るなり
「ぼくもちょっと、足、痛くてェ」
弱々しく言った。
やめえや!
心配ほしがりの弟を退場させ、神妙に待つ。
結果が出た。
血小板の数値、
19.9ッッッ……!
先生の顔を見る。ホロッと満面の笑みだった。
「ほんとに、ほんとによかったです!」
ありがとうございます。
梅吉の頭をなでながら、涙がこみあげた。
「ワンッ!」
口が臭かった。
これも薬の副作用ですよね?って聞いたら、先生、首かしげてた。梅吉はシンプルに口が臭いだけだった。
10月14日(DAY22)
免疫抑制剤は、半年は飲み続ける。少しずつ薬を減らしていき、飲まなくてよくなる犬もいるし、生涯に渡って薬が手放せない犬もいる。
梅吉がどっちになるかは、わからない。
薬の副作用でウンチもゆるいから、減ってほしいなとは思う。
でも、梅吉が生きててよかった。
散歩も、幼稚園も、トリミングも、もとに戻していっていいそうだ。
玄関をあけた。
岸田家に、新しい風が吹いた。
知らぬ間にもう、秋がきていた。
とてつもなく感謝 → さかたに動物病院の酒谷先生