岸田家の読むゴハン(もち米のハリネズミ)
テーブルの上に乗ってるものは吸い込むようにたいらげる、いまのわたしからは想像がつかないけど、子どものころは食が細かったようだ。
「お腹が減ってないっていうか、食べることにあんまり興味がなかったみたい」
母から言われて、まさかそれがわたしのことだとは思わなかった。そういえば、生まれてはじめて好物なるものを自覚したのは、小学校高学年くらいだった気がする。
「だから、あの手この手で、食べたくなるようなご飯を作ったんやで」
母が千手観音のごとく繰り出してきた、あの手この手のなかのひとつ、「もち米のハリネズミ」を今夜は作ってみた。
「そう言えば、なんか『今日はハリネズミやで』ってオカンが言ってたのを聞いた気が」
「せや。肉団子をハリネズミみたいにして、食べさせたんや」
「ハ、ハリネズミみたいに!?」
「もち米を肉団子の代わりにして、トゲトゲにするねん」
「ああ……なんか思い出してきた。そんなん、あったなあ」
「良いことがあった日にはもち米を食紅でピンクにして、お祝いハリネズミも登場してた」
「芸が細かい」
家事やら、弟の世話やらで、すごく大変だったはずなのに、そんな手間をかけていたことが申し訳なくなった。
いまならハリネズミどころか、身内が丸めてくれたものなら泥団子やニガ団子(feat.千と千尋の神隠し)みたいなビジュアルでも、喜んで吸い込むように食べるぞ。
もち米のハリネズミを作ろう
母から聞いた、めちゃくちゃ適当な材料がこちら。
夕方のにぎやかなスーパーへ買いに行ってきたよ。
今回のレシピにはまったく関係のない鮮魚コーナーだけど、さいきんラップバトルの映像ばっかり観てるからか「旬 かます」を「かますぜ旬!(CV.木村昴)」みたいにナチュラルな脳内解釈してて、隣のいわしに気づいてハッと我にかえった。魚の説明だ、これは。
でも「いわしたるで旬!」っていうパターンもあるよね。なにわのラッパー。
どういう才能の欠落かわからないけど、何十回通ったスーパーでも盛大に迷う。何度も同じコーナーを行き来したり、棚を探したりする。
それで、ようやくホタテの缶詰を見つけたんだけど。
高い。ホタテ、高いよ。容赦がないよ。
両隣のよくわからない貝柱の2倍以上してる。ちょっと買ったことない価格帯の缶詰でエマージェンシーなんだが。おもわず母に電話した。
「ホタテ、高いんやけど。ホタテじゃないとあかんの?」
「アホか、このレシピはホタテがミソなんや」
「えっ、味噌も買うの?」
「ちゃう。ホタテがミソであって、ホタテのミソはいらんのや。騙されたと思って、ホタテを入れてみい。すごい旨味やから」
すごい旨味なるものを味わうために、ためらいながらも、わたしはホタテの缶詰をかごへ入れた。
こんな高いものを子どものころから食べさせてもらったんだなと思うと、ありがたいやら切ないやらで、心が貝柱みたいになった。
不安になりながら団子をこねた
では家に到着して、2時間ほどゴロゴロしたあとに作りはじめました。もう最近はほんのちょっとのお出かけでも、でろんでろんに疲れちゃう。
もち米、これしか売ってなかったんだけど、餅つきの定石はうさぎとはいえ、えもいえぬ怖さがあるよね。両目が何かに取り憑かれたかのように赤い。
ちなみに、まさかのここで1時間も水につけることがわかったので、合計3時間もゴロゴロしていた。
どーん。
そして、全部いれるってことは、ここでだよ。
わたしの月収の1/3にあたるお値段の、ホタテの貝柱を投入。
「缶に入ってる汁も、ぜんぶいれるんやで!」
「シャバシャバなったりせえへん?」
「大丈夫や。とにかく、一滴も汁をほかして(捨てて)はいけない」
母からえらい剣幕で言われたので、半信半疑で汁ごとぜんぶいった。
「いくらなんでも、これはシャバシャバすぎひんか……?」
眺めていると情緒が不安定になりそうなシャバシャバ具合だったので、中途半端にぼかした状態で失礼いたします。
「ええねん、ええねん。もち米つけたらなんとかなるから」
次の工程への信頼が半端ない母。さすがにシャバシャバすぎるという人は、卵を半分にしたり、ホタテの汁を減らしたり、つなぎに小麦粉や片栗粉を入れてなんとか調整して。しばらく冷凍庫に入れてもいいらしい。
うん、まあ、たしかに、なんとかなりそうな気もしなくもない。かわいい。これがどうハリネズミになるのかは皆目見当もつかない。
ころころ転がしてると、雪合戦を思い出すね。シャバシャバの肉団子投げてくる相手は嫌だな。
あきらかに、万有引力に負けて、モチャッとなってる団子たちがいるけど。とりあえず、このまま進みましょう。
うちには蒸し器がねえ。痛恨のミス。そっか、団子って蒸すのか。
あわててシンクの下あたりを探し回ったら、蒸し器としても使えるシリコーン容器が出てきて、ホッとした。
いや、小さっ。
お一人さま専用やん。
ざっと見積もっても団子、18個くらいあるんやけど、お一人ずつここに入れて蒸していくんか。VIP個室やん。バリアンリゾートやん。
そしたらこの、もっぱら炊飯器として使っていたシロカ(電気圧力調理器)が、どうやら蒸し器として使えることに気づいて事なきをえた。もっぱら米しか炊いてなかったから、気づかなかった。使いこなせてないにも、ほどがある。
最悪の場合は、電子レンジでラップしてチンしてもなんとかなるそうな。あんまり時間かけすぎるとカッチコチになる(なった)から、3個ならべて600Wで1分30分〜2分くらいで様子みてね。意外と早かった。
ハリネズミはうまいぞ
てんやわんやで、次々と蒸されていくハリネズミ。気になる出来はと言うと。
これ、ただのネズミじゃね?
こんなんだっけ。子どものとき食べたやつ、もうちょっと針っぽく立ってた気が。どういうこと。めちゃくちゃ情緒が安定してるときのハリネズミってことなのか。
いろいろ試してみたところ、蒸すときに中に入れてた水をちょっと多めにしたら、ちゃんと針っぽく立ったよー!かわいいー!
かわ……いい……?かわいい!!!!!!!!!!!(食い気味/ダブルミーニング)
しょうゆと酢を混ぜた、酢醤油やカラシをつけて、大切に楽しくいただきましょう。
美味しい。
シャバシャバにした甲斐があってか、じゅわっと肉汁なのか貝汁なのかがあふれ出てくる。味が濃いのに、後味さっぱり。
何個でもいける。何匹でもいける。
むかしは「ハリネズミでかわいいから食べる!」だったんだけど、大人になるとこういうモチーフは、命をいただいている感がすごいな。
あいかわらずぼっち暮らしだけど、めずらしく友だちが遊びにきたりして楽しくなっちゃう時には、ハリネズミをいっぱいこしらえようと思った。
最後にレシピの考案者より
さいきん母がテーマにしていることは「自分の中にある違和感を見つめなおす」ことだそうな。へえ。
人とはじめて会ったときも、好きだと思ったらなんで好きかを考えるのはもちろん、ちょっとでも「なんか違うな」「なんか合わないな」と思ったら、仕方なく受け入れるか距離をおくか迷うよりまず、その違和感の正体を突き止める。
「わたしに合わせてくれるな」と思っても、それは本当に馬が合う場合もあれば、優しさを搾取してしまう場合もあるから、後者から自分を守るためにも、違和感を見つめることを忘れてはいけないらしい。
シャバシャバの肉団子は完全に違和感のかたまりだったのですがと言うと、「それはあんた、ママを信じて蒸したから美味しかったんや」とのこと。どういうこと。