スキマスイッチがライブを新発明した夜のこと
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スキマスイッチがライブを新発明した夜のこと

岸田 奈美

2021年、12月22日 水曜日。
日本武道館。

スキマスイッチが一日限りのライブ
「Soundtrack」を開催する日だった。

前にnoteで書いたとおり、演出に漫画が使われる。

その漫画の原案をわたしが書かせてもらった。

漫画と歌とライブ。
前代未聞のコラボレーションである。

中ではリハーサルが、外ではグッズ販売が始まっている。
関係者入り口の前で、わたしはしばらくボーッとしていた。

あの、ほんと、これはもう、
怒られるのを承知で言いますと。

行きたくなかった。

行くのが恐ろしかった。


理由は二つあった。

まず一つは、お客さんの反応だ。

スキマスイッチの歌も演奏も、素晴らしいのはわかってる。
ファンの人たちが温かいのも、知っている。

それなのに、もし、ウケがビミョ〜だったら。

それは間違いなく、漫画のせいなのだ。

今回は、スキマスイッチが完全に漫画を主役に立ててくれた。漫画が先にできて、その後にセットリストやアレンジが決まった。

漫画家の蒼井アオさん、歩さん。演出家のOさんが関わったとて、わたしにも責任があるのだ。

だって、原の案たるものを、書き申したのだから!

さらに、5日前のOさんからの電話だ。

「さっきリハーサル終わったよ」

「わっ、どうでした?」

「そりゃもうスムーズに」

「スムーズに……」

ホッとした。

「いくはずもなく」


絶望した。

いかんかったんかい。ツッコミを入れる余裕すらなく。

聞くところによると、全行程を通すはずだったが、途中で派手に止まったらしい。

漫画の展開と、演奏が合わなくなったのだ。

緊急
停止ッ!!!!!


100ページ近い漫画に、15曲の歌を合わせる。
漫画は1コマずつばらばらに投影され、盛り上がる展開でサビを持ってくる。

それを生演奏でやることは、過酷すぎるのだ。

翌日、二回目のリハーサルが終わってからも、Oさんは電話をくれた。

「昨日と今日で、6秒も違った」

「6秒?????」

「『未来花(ミライカ)』の演奏時間が」

一曲目だ。

認知症の始まった夫と、困惑しながら支える妻の漫画に合わせて、しっとりと切ない雰囲気で始まる。

演奏が6秒違えば、漫画は3コマずれる。ズレという違和感は、演奏も漫画も台無しにしてしまう。

そもそもなぜズレるかというと。

歌には、ゆらぎがあるから。

その日の空気、お客さんの反応、バンドの調和によって、歌声や間奏はほんの少しずつ伸びる。テンポは変わる。その唯一無二のゆらぎが、グルーヴ感という魅力になる。

このゆらぎに合わせて、ドンピシャのタイミングで漫画を投影するのが難しいそうだ。

「普通はクリックを使うんだけどな」

クリック。
知らん言葉だった。

ライブで演奏する人たちがつけているイヤフォンから流れるリズム音らしい。どのタイミングで演奏を始めるか、映像が流れるかを知らせるメトロノームみたいなものだ。

「その、クリックを使わないのって、なぜに……?」

スキマスイッチの大橋さんと、常田さんに聞いてみた。

ふたりは顔を見合わせた。

「ライブでも収録でも、クリック使ったことないんだよね」

「いったいどうして」

「なんでだろうな……? 単純に、いい演奏になるから」

考えてもみなかった、という顔だった。


いい演奏には、いろいろある。

音が完璧にずれないよう、クリックを使うのもいい演奏だ。でも彼らにとっては、ゆらぎこそ、いい演奏なのだ。

「じゃあ今回も?」

「使わずにやりたい。それがどんだけ大変でも」

「お客さんが聴いた感じも全然変わるからね」

「うちは音楽には自信がありますから」

常田さんが中華屋の大将みたいなことを言った。チャーハンには自信がありますから……!

どんだけ大変か、がド素人のわたしにはわからんかったので。Oさんやコンサート関係者に聞いてみた。

「(クリックを使わないのは)深夜、滑走路のライトがない地面にジャンボジェット機を着陸させるくらい大変」


それは……名探偵コナンくんが、劇場版でやばいことになってた展開のやつでは? えっ、まじか。あれやるのか。やばすぎ。

リハーサルがそんな感じだったと聞いていたので、もう、不安しかなかった。なにが不安って、当たり前だが、わたしにはできることがない。

見守るしかないのだ。

大博打のようなSoundtrackを。
敬愛するスキマスイッチを。

気が遠くなりそうな心地で、武道館の中へ入った。

通路が正八角形で、どれも同じ景色に見え、盛大に迷った。いっそここで遭難し仮死状態になった方が楽かもしれん。

そう思ったとき。

目の前に、闇へとつながる扉が現れた。

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こっわ!!!!!!!


耳をすませる。聞こえてくる。

わたしのスマホは、流れている音楽の曲名を勝手に表示する機能があるのだが。

『いま流れている曲:スキマスイッチ 全力少年』

この凄まじい音圧の正体を知った。生演奏も認識するんかい!すごいなお前ェ(スマホ)!

つまりここはちょうどリハーサル中の舞台の裏である。

無理だ……これ以上、進めない…!念が強すぎて…!

精神が折れる!


こんな距離で、スキマスイッチの生演奏を聴いたことがない。
しかも全力少年である。すごすぎる。

じわじわとテンションが上がってきたので、幕をくぐった。

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アァ〜〜〜〜〜ッッッッ!!!!!!!!!!!


この時、目の前に広がった光景と、耳から入って大脳を直接揺さぶられる幸福を、わたしは忘れないと思う。

七瀬くんが…翔平が…
登場人物が…映ってる…!

スキマスイッチが…バンドメンバーが…演ってる…!

来て良かった。まだなにも始まってないのに、強烈に思った。

セットが組まれた舞台を見る。とてつもなく暗かった。映画館かと思うくらいだ。

演奏陣が、ほとんど、影しか見えん。


こんなライブがあるのだろうか。

漫画が主役。

大声で言わんばかりの、腹をくくったセットだ。二階席、三階席の端にも小型のモニターがあり、漫画が映っている。

舞台の上に、常田さんがいた。

あれは!スキマスイッチの!常田さんだ!

いつも見るやつ!ウワァ〜〜〜ッ!

スキマスイッチだ〜〜〜!!!!!!

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対して、大橋さんは。

上下、真っ黒なスウェットに身を包んでいた。心なしか、気だるそうにマイクの前で立っている。

猫背だ。めっちゃ猫背だ。

うそ…大橋さんって…あんな猫背で歌うんだ…!


………そんなはずないだろ。あからさまにテンションが低いぞ。どうしよう。やっぱりリハーサル、うまくいってないのか?

急に心配で吐きそうになった。

「あのころの僕らはきっとー♪」

ああ、いい歌。いい声。

すぐそばから聞こえてくるほどの迫力だ。

ふと、隣を見た。

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「全力で少年だったー♪」


えっ。

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すぐ隣で大橋さんが歌っていた。


腰を抜かすかと思った。

「ギビョォェッ!?!?!?!!!!!ォェッ」という叫びが漏れ出たのだが武道館の音響で普通に負けた。目尻から涙が湧き水のごとく噴出した。何。

そしてあの人も何。誰。

もう一度舞台で歌っている人を見る。大橋卓弥って二人いんのか?まあ二人いてもおかしくない声量だもんな……。

(※普通に位置確認のために立ってた猫背のスタッフさんでした)

「おーっ、岸田さん!どうだった?」

いつの間にか全力少年の演奏が終わっていて、
大橋さんがマイクを持ったまま、わたしの肩を叩いた。

「涙(ヌァミダ)が止まりません」

率直に答えたら、大橋さんは爆笑していた。

大橋さんは、音の聞こえ方を確かめたくて、わざわざ舞台を降りて最後列の機材席で歌っていた。

「漫画の邪魔したくないから、もうちょっと控えめに演ろうかなと思ってたけど、せっかくだし、これくらい大きめでもいいですかね。うるさいですか?」

大橋さんが、機材席にいたOさんにたずねた。

「いや、めっちゃ迫力あっていいよ。この大きさでいきましょう」
「わかりました!」

Oさんが舞台のスピーカーにつながるマイクで話す。

「常田さん、『未来花(ミライカ)』のイントロ、もう少し速めに弾いてもらえますか。漫画の始まりとバチッと合わせたいので」

舞台上から、ピアノの前に座った常田さんが、手で大きく丸を作った。

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Oさんが、機材席のモニターの前に座る人と話し込んでいる。

「『ユリーカ』の入り、漫画がもう少し早い方がかっこよさそうですね」
「僕も思いました。タイミング変えましょう!」

後ろからこっそり眺めてみる。Oさんに聞いてみた。

「えっ、漫画のページ送りって人力でやってるんですか?」

「そうだよ。演奏と完全に合わせてる」

「クリックは……」

「結局、使わずに」

モニターの前に座ってた人が「前代未聞ですよ!」と笑っていた。その人の手元には、細かすぎるほど赤字が入った歌詞カードがある。

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これで、一枚一枚、自分で送ってるのか。

「2パターン試してみるんで、すみませんが演奏お願いします」

『ユリーカ』の前奏が始まる。疾走感がかっこいい。

操作役の人が「1.1倍速」とか「−0.5倍速」とか、マウスで忙しなく操作している。

そんな……そんな誤差みたいな刻み方をするのか!

耳で聞いている分にはまったくわからない。めちゃめちゃデジタルなことを、めちゃめちゃアナログにやっとる。

「だめですね、ずれる」

だめなのか。まったくわからん。

でも、大橋さんもうなずいてる。わかるんか。

「どうします?」

「1分ください、ここで動画編集しますんで!」

1分で!?


Oさんや、バンドのみなさんが「すげえーっ」と感心していた。すげえ。

動画が編集されている間。

「15日と16日に、いいリハーサルができたからよかった」

大橋さんとOさんが話しながら笑っていた。それは演奏が止まって失敗したはずのリハーサルでは。

「いいリハーサル?」

「でかい失敗ができたリハーサルは、いいリハーサルだよ」

編集後、映し出された漫画のワンシーンは、確かに完璧だった。

「漫画がやっとバンドメンバーになった!」


Oさんが嬉しそうに言った。

そうか。今回は漫画も、バンドメンバーなのだ。

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歌と演奏という、限りなくファジーなものに、1秒の遅れもなく、ついていく。あらためて、すごいことをしようとしているんだな、と蚊帳の外の一等席からわたしは思った。


開演の一時間前。

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わたしは、このnoteを書くという大義名分で、スキマスイッチの楽屋で話を聞かせてもらっていた。

「一時間前ですね」

崎陽軒のシウマイ弁当を食べている常田さんにたずねた。

「一時間前になると、どんな心境ですか?」

「一時間前だなあって……思います……!」


思ってた返事と違った。一時間前になると、一時間前だなあと思うらしい。

「緊張とか、ないですか?」

「うちは音楽には自信がありますから!」

中華屋の大将、再来。

でもそれは本当なのだ。リハーサルを見ているだけで、スキマスイッチの二人が、歴戦のバンドメンバーにどれだけの敬意と信頼を抱いているかが伝わる。

「僕も卓弥も運動部出身だから、こういう雰囲気わりと好きで」

運動部は関係があるのだろうか?

「僕はスキマスイッチって、ひとつの組織だと思ってて」

ソファの横で発声練習をしていた大橋さんが言った。

「僕は歌う部署の人」

歌う……部署の……人……!


「シンタくんはピアノを弾く部署の人」

「はい、ピアノを弾く部署の人です」

ピアノを弾く部署の人、今、シウマイ弁当を口に詰め込んどる。

「他の楽器を演奏する部署の人、映像をつくる部署の人、マネジメントする部署の人、グッズを売る部署の人……スキマスイッチにはそれぞれのプロフェッショナルがいて、それぞれの部署で最高の仕事をしてくれるから」

自分たちのことを部署って呼ぶアーティストに、わたしは初めて出会った。

「信頼して、自分にできることをやるだけ」

大橋さんは、スキマスイッチの全部署の人々を信頼している。

その証拠に、二時間前も、一時間前も、大橋さんは楽屋から出て、いろんなところでいろんなスタッフやゲストに話しかけていた。

どうでもいい話だが、わたしの元恋人がその昔アルバイトでコンサートスタッフをやっていたとき、開演前に大橋さんと常田さんに誘われて、会場裏でキャッチボールをしたそうだ。なぜだ。気さくにもほどがある。

「部署に一人でも知らない人がいると気持ち悪いじゃん」という大橋さんは、スタッフと喋るようにしているそうだ。全員を招く打ち上げもやってるらしい。

マネジメントする部署の人、通称・マネージャーさんが教えてくれた。

「マネージャーさんは、緊張してないですか?」

「してますね……でも、楽しみです」

マネージャーさんは緊張していた。同じ心境の人がいてなんだか安心した。

「なにが一番楽しみですか?」

「お客さんの反応です。でも、“ここがイマイチだった”みたいな声も、楽しみなんですよ」

「えっ!?」

「ありがたいですよ。次にもっと良いライブが準備できますから」

マネージャーさんの目を見た。本気だった。本気で期待に輝いていた。

こういう肝の座った人たちが集まっているから、スキマスイッチなんだな。こういう前代未聞のライブに挑戦できるんだな。

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なんてかっこいいんだと思っていたら、大橋さんが突然慌てはじめた。

ライブの一番最初に、あいさつやバンドメンバーの紹介をする、いわゆる前説があるのだが、それをギリギリまで暗記しなければならないという。

「それ、いつもやってるんですか?」

「やったことないよ!暗記なんかはじめて!」

「MCはたぶん、ほぼアドリブですもんね……」

「でも今回は、漫画が主役だから。俺が説明を間違えるわけにはいかないよ!」

漫画を主役に置いた前説の原稿は「ボーカルは大橋卓弥です」という、普通のコンサートではたぶんありえない冒頭から始まる。

結局、マネージャーさんにカンペをポッケにグイグイねじ込まれていたので、それがどうにもおもしろかった。

あとから聞いたけど、舞台袖で「大丈夫。これ返すわ」と言って、大橋さんがカンペをマネージャーさんへ返したらしい。すっげえ。



なにごともなかったかのように思えた、本番前。実は、ハラハラするような場面もあった。

「やっぱりお願いです。少しでもいいから大スクリーンに、演奏中の二人を映しましょう」


舞台監督が、直前まで粘り強く何度も、二人に交渉していた。

これは、従来のライブでは常識なのだ。後ろの席のお客さんは、せっかく来たのに、二人の顔が見れない。

しかも漫画を際立たせるために、照明すらギリギリまで絞っている。スキマスイッチのライブなのだから、スクリーンにスキマスイッチが映ることを、当たり前だと思っているお客さんは多いはずだ。

だけど、大橋さんも、常田さんも最後まで「今回は、漫画だけ映させてください」と譲らなかった。

「そこまでやらないと、新しいことに挑戦する意味がないので」


これは、あらゆる準備の時間も、二人が言い続けてきたことだった。

原案がわたしの手を離れ、作画も終わって漫画になったころ、わたしに二人から電話がかかってきたことがある。なにかと思えば、セリフのことだった。

あの時はたしか、

「岸田さん、ここの、すれ違いっていうセリフなんですけど。ネガティブな意味を連想するお客さんが多いかもしれないので、少し言い換えられないですか?たとえば……」

ということを言われた。

びっくりした。二人がまさか、セリフのことまでそんなに細かく見てくれているとは思わなかったのだ。もちろん、喜んで、直した。嬉しかった。

二人が、漫画とライブという新しい表現を、本気で実現しようとしてるのはわかる。

でも、お客さんは別だ。なにも知らずにチケットを取った人もいる。いつものスキマスイッチを、いつものスクリーンで見れると、期待した人もいる。

そのお客さんたちを、がっかりさせてしまうかもしれない。

不安と葛藤は常に二人の頭のなかにあった。それでも出した結論が、今回は漫画だけを映す、というこだわりだったのだ。

大橋さんは、そこまでして今回のSoundtrackに挑戦した理由を、わたしに教えてくれた。

「音楽業界が大変なこの時代だからこそ、新しいライブを発明して、お客さんと楽しみたいというのはもちろんあるけど」

と前置きしたうえで

「今までスキマスイッチとして19年もライブをしてきた。本当にありがたいことに、お客さんはいつも来てくれる。でも、本当に良いライブじゃなかったとしても、なにも言わずに応援されてしまう状態が、僕らは一番怖い。自分たちの実力がわからなくなるから。歌だけで、演奏だけで、どれだけのお客さんが納得してくれるのか、それを今日は知りたい

大橋さんは言った。

例え、満足しきれなかった人がいても。

厳しい声が届いても。

本当に良いと思うものを届けるから、本当の感想がほしい。

Soundtrackのセットリストは、15曲。15曲、MCもアンコールもなしで、漫画にあわせて歌いきる。

あの声量で。あの音圧で。
ほとんどアスリートに近いと、わたしは思った。

19年のライブ(活動)で、彼らも成長して、ファンの人々も成長した。やろうとしていることの意義と意味は、きっとわかってくれる。

それは、スキマスイッチの二人が、ファンに寄せる絶大な信頼だ。

こんな関係性が、ここで生まれる。

彼らとともに、何年も歩んできて、絆を築いてきたお客さんたちが、羨ましい。

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気づけば、開演5分前になっていた。
5500人のお客さんが、武道館でスキマスイッチを待っていた。


本番。

わたしは、一階の最後列の機材席で見ていた。

最初は、息も詰まりそうだった。張り詰めて耳鳴りがした。

大橋さんの前説が終わり、大スクリーンが白く浮かび上がる。ピアノの旋律と、物語のはじまりを告げるモノローグ。

わたしが書いた。あれは、わたしが書いたんだ。唾が喉に張り付く。

いつのまにか、『未来花(ミライカ)』の聞き慣れたイントロに変わる。
認知症の夫・宅次と、彼を支える妻・律子の日常が始まる。

大橋さんが歌い出す。

最初、あきらかにお客さんたちは動揺してた。

それもそうだ。

スキマスイッチに、ライトは当たってない。スクリーンには、漫画が映し出されている。2階、3階席も、アリーナ席も、誰も立たない。ずっと、椅子に座ったままだ。

手を振っていいのか。
どこを見ればいいのか。

困惑している空気が、会場を包む。

大橋さんも、常田さんも、お客さんの方を向いていなかった。いつものライブだと、お客さんと何度も目が合うらしい。今回は違う。大橋さんは虚空を、常田さんは鍵盤を見ていた。

理由は、シンプルに泣いてしまうから、だそうだ。


漫画を見ても。漫画を見ているお客さんを見ても。どんだけピュアなんだ。

だけど、漫画のストーリーが佳境に進むにつれて、ずっ、ずっ、と鼻をすするような音が聞こえた。

な……泣いてる人がいる……!


アリーナ席の最後列ブロックで、泣いてる人がいた。もう一人いた。『未来花(ミライカ)』のちぎれるように切なく、温かい歌が、漫画を最高に演出している。

震えた。

一話目と一曲目が終わる。

恐る恐る、といった感じで会場がゆっくり拍手に包まれる。

たぶんみんな「これでいいの?こんな感じでいいの?」と思ってたはずだ。

だけど、お客さんもだんだんと慣れてくる。空気がひとつになっていくのがわかる。

二話目は、奈穂と麦の微笑ましい片思いのストーリーだ。わたしが原案で連想した『月見ヶ丘』が流れる。

比較的短い演奏時間の曲で、いつも速く聞き終わるのが惜しかった。しかし、今日は。

間奏が……間奏がめちゃめちゃ長い……!

なんか陽気なパーカッションが足されてる……!

スクリーンを見れば、漫画はすいすいと和やかに展開している。漫画を読ませるための間奏なのだ。予想外の演出で、めちゃめちゃ嬉しかった。これは今日しか聴けない。お客さんたちも気づいたのか、小刻みに肩を揺らしてる。

三話目、七瀬と瑠璃のじれったい青春を描いたストーリーで『アイスクリーム シンドローム』が流れたときも、度肝を抜かれた。

「君とならどんな一瞬だって煌めいてみえる♪」

で、後奏に入らず、ピタッと演奏が止まったのだ。

間を置かずに『ミスターカイト』に移る。

歌と演奏を、途中で切った。

ライブの常識では、ありえないことをしている。


漫画の展開にあわせて、切ったんやぞ。自分たちが作った曲を。惜しげもなく。

スキマスイッチが、Soundtrackになった。音楽史上で一番、スキマスイッチの贅沢な使い方。

このペースで書くと単行本一冊分の文字数になりそうなので、最後に、わたしが最高に感動した部分だけ回想させてくれ。

登場人物たちのエピローグにあたる漫画。妊婦になった奈穂が、老いてしまった麦を抱き上げて「赤ちゃんに会ってね」と願うシーン。

ここで、大橋さんが歌い上げたのが。

『奏(かなで)』の大サビを連れてくる

「君がどこに行ったって 僕の声で守るよ」


という歌詞だった。

顔から色んな液体がドドドとあふれた。もはや滝。滝廉太郎。

わたしが思うに、あのワンシーンが、 Soundtrackの最高傑作だったと思う。
たった一瞬の傑作。

『奏(かなで)』は2004年に発表されてからずっと、わたしの中では遠距離恋愛の歌だった。電車に乗って、離れてゆく恋人。夢中で呼び止める僕。ずっと、ずっとそうだった。

でも、この日、まったく新しい解釈が生まれていた。

そう遠くない未来に、息絶えてしまう愛しい存在。残されることも、逝くこともつらいけれど。きっと、見えなくなっても、この声は届いているから。

そんな、まったく新しい意味を、『奏(かなで)』と漫画が見せてくれた。
同じ感情を5500人で共有させてくれた。

そもそもスキマスイッチはデビュー以降、歌詞の意味を自分たちで決して語らず、リスナーに解釈を委ねる姿勢をずっと貫いていた。ミュージックビデオでも、ライブのセットでもそうだ。その定石を今回、覆した。スキマスイッチをずっと追いかけてきた人たちには、これがどれほどのことだか伝わるはずだ。

彼らはやってくれた。

わたしたち漫画チームが提案した、壮大なifの物語を「こんな解釈がもしかしたらあったのかもしれないね」と楽しみながら、本気で付き合ってくれた。

すべては、漫画のために。


誰もまだ味わったことのない、音楽体験のために。

『全力少年』がはじまったとき、お客さんは誰も、立ち上がらなかった。手を振らなかった。

スキマスイッチのライブで、そんな光景は誰も見たことがない。最強のキラーチューンで、みんなが漫画に集中している。

大橋さんと常田さんが、ドキドキしながら、お客さんを見たら。

誰とも目が合わなかったそうだ。


そのとき二人は、泣いて飛び上がりそうなほど、嬉しかったらしい。救われたらしい。

「拍手が起こるかどうか、わからない」

ライブが始まる前、二人はめずらしく弱音を吐いていた。
その拍手で、いま、武道館が包まれている。

ギターとピアノから手が離せない彼らのかわりに、機材席でOさんとスタッフさんたちが固く握手をしていた。

会場で。テレビの前で。
あの時、漫画を見てくれたすべての人たちの、おかげで。

漫画が読みづらかった人も。
いつも通りのライブが観たかった人も。
もちろん、それはいるのだろうけど。

きっと彼らは、不満すらも糧にして、
眩しい音楽と体験を作っていくはずだから。


Soundtrackは、コロナ禍におけるライブの新発明だった。

5500人が、同じ音楽を聞きながら、同じ漫画を読んでいた。間違いなく、世界初だ。たぶん海外の人が聞いたら、わけがわからん状況のはず。

入場者数を減らさなければならない。
チケット代を値下げできない。
歓声をあげてはいけない。

ライブには厳しい制約がつき、音楽業界は楽しみも勢いも半減してしまったように思えた。

感染症対策ができていなければ注意されるなかで、漫画に注視することで、まったく新しい楽しみ方が生まれた。

無言でも、着席したままでも、感動を共有することができるなんて。

演奏時間が小刻みにゆらぐ生演奏にあわせて、読みやすいタイミングで漫画を切り替える技術なんて、昨日までこの世になかった。

スキマスイッチが作ってくれた。

どんな過酷な状況にあっても。音楽には、人の心を激しく震わせる力がある。漫画には、音楽を支える力がある。

スキマスイッチが信じさせてくれた。

わたしの知人が会場に来ていた。彼は、耳が聴こえづらい。

演奏や歌詞を完璧に聞き取ることは難しくても、ライブの一体感や振動が大好きで、わたしのnoteを読んではじめてスキマスイッチのライブのチケットを買ったそうだ。

終わったあと、彼から連絡があった。

「ライブのあと、隣に座ってた友だちとすぐに、漫画の考察で盛り上がった。終演の熱気がある内に、同じライブの、同じ感情を、友だちと共有できたことは初めて。ライブってこんな楽しみ方もあるんだ!」

あるんだよォ。ありがとなァ、来てくれて、ありがとなァ……。


耳で聴くだけじゃなくて、目で見るライブが爆誕して、本当に良かった。

15曲、声のひとつも枯らさず、歌いきってくれた大橋さんたちを見て、偉業を目ン玉に刻み込んだ。

ライブの、最後の最後。

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スタッフロールが流れた。
映画でもないのに、ライブでスタッフロールなんて。

舞台上にいた人たちだけじゃなくて、マネージャーさんも、機材を動かしていた人も、とにかく“全部署”の名前がそこにあった。

スキマスイッチの二人が、どうしても流したいと言ってくれたらしい。

わたしたちの名前もあった。

そして舞台には、

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漫画の登場人物たちも揃っていた。彼らも、部署に入れてくれたんだ。

来場してくれた5500人に、投影した漫画全作とおまけ漫画が収録された本を、配り終えたあと。楽屋で、大橋さんと常田さんに会った。

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「無事に!終わった〜〜〜!!!」

「おつかれさまです!どうですか、またやりたいですか?」

「めちゃめちゃ疲れた。本当に疲れた。今までで一番疲れた。2Daysじゃなくてよかった……明日もやるのは無理だ……」

今にも倒れ込みそうな大橋さんに、常田さんも頷いていた。Soundtrackは、一夜限りのライブである。

「でも一週間後なら絶対にやりたい!」


冗談のように笑っていたが、このあとすぐ彼らは、新しい全国ツアーを控えている化け物である。

一週間後ではないけど、またこんな夢みたいなライブを見せてほしいな、と心から思う。未知を作り上げた、とても長くて、一瞬の夜だった。


これでもまだ書ききれなかった小ネタは、4月27日18時に公開予定です!

Live Blu-ray 「スキマスイッチ “Soundtrack” THE MOVIE」が6月8日発売!


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岸田 奈美

手術終わって元気になって帰ってきた母と、うまいもん食って、きれいな海を見に行きます。毎月、家族で楽しく暮らすいろんなことに使わせてもらっているので、使いみちはnoteで紹介します。

スーパー大吉!いいことあるよ!
岸田 奈美
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