円安に喘ぐあんたに作業所クッキーを捧げたい
みなさん、お元気でしょうか。なんや気ぜわしなって、夜中にガバ起きたりしてはりませんか。そうですか。
わてはもう無理そうです。
丸亀製麺から、とろ玉うどんが消えたからです。
ありとあらゆるストレスを、週に一度のとろ玉うどんバカ食いで急速治癒するタイプの人間なので、もう無理そうです。
卵の品切れだけではございませんね。
円安による食品の値上げ。
節約につぐ節約で、図太い心も痩せ細ってまいりました。
家にいると暖房代も高いので、わたしよりも良い毛並みをしているダルメシアンの散歩を横目に見ながら、町をさまよっておりましたところ。
とある店先が、目に飛び込んできて。
『手作りバタークッキー 10枚入り 190円』
一旦通り過ぎ、しばし考え、後ずさりして戻った。
やっす。
でっかい立派なクッキーにありえない値段がついているので、昔、うちのじいちゃんが奈良で間違って食った鹿せんべいの類かと思った。
買った。
食べた。
うまァッッッ……!
スーパーなんかで買える、市販のお手頃クッキーとは比べ物にならない味の濃さ。しばらく口にしてない芳醇な味わいに脳天をぶん殴られる。
バターや。
尋常じゃない量のバターが使われとる。太る才能に恵まれてるので、わかる。癖になってんだ、脂探して食べるの。
バターを際立たせているのは、小麦粉と卵の風味。どっちもいま、大高騰している原材料やぞ。どうして。
どうしてこれが190円?
えっ、これ、合法か!??!!!!?
脱法クッキーの線を疑いたくなる。怖い。史上初めてウニを食った人は、こんな感情だったはず。こんな美味いものが、簡単に手に入るわけないだろ。
もしくは不況のストレスで錯乱したシェフの仕業だ。シェフの気まぐれクッキーの気まぐれがやばい方向に触れた結果だろうか。
どんな組織が秘密裏にこれを流通させているんだろうと思って、裏面を見た。生産者の欄には、近くにある障害者支援施設(作業所)の名前があった。
作業所クッキーだから、べらぼうに美味いのか……?
と、いうわけで。
手当り次第に、買ってきた。
近くの商店街のなかにハートプラザKYOTOというお店があって、京都府内の作業所クッキーが一同に介してた。圧巻。
むちゃくちゃ大好き。涙が出そうになった。口の中でバターと懐かしさが暴れる。
安すぎるだろ。硬めでボーロっぽく、いろんな形が楽しい。バターが閉じ込められている。
かわいすぎるので優勝。ジャムがこれでもかというほど塗られてる。バターの福音。
マジで全部うまい。
マジで全部バターがやばい。
このプレーンクッキーが好きすぎて。デパ地下では買えない味。
原材料名を見ると「小麦粉(国産)・バター・砂糖・卵」の一行のみだった。美しい。呪文として義務教育で習いたい。
写真を撮って確認してるうちに、家に来てた人たちが「うま……うま……」と手を伸ばし続けてあっという間に消えた。
総じてドンキもびっくりな
驚安(きょうやす)
価格でのご提供である。
忘れられなくておかわりを買いに行ったら倍の値段をとられるシャブ的な仕組みだろうかと思ったが、そんなことはなかった。
謎を解き明かすため、大学時代の知人を通じて、クッキーを作っている作業所へ遊びに行かせてもらった。
そこでは弟のような知的障害のある人たちが10人でチームになって、クッキーを作っているという。
キッチンを見学させてもらったが、準備だけで一時間かかっていた。服装や手洗い消毒など、衛生面の対応をしっかりやっているからだ。
「では、きょうも、よろしくおねがいします!」
白い帽子と割烹着に身を包んだ人たちが、冷蔵庫へと行進していく。
みんな、両手にバターを持って、戻ってきた。
えっ。
塊。
スーパーでも見たことない、バターの巨大な塊だった。レンガかと思ったらバターだ。マインクラフトみたいなノリで持ってくるやんけ。
1人がボウルをおさえ、1人がこん棒みたいなやつでひたすらにバターを練る。神々しさすら感じる。拝みたい。
そして、卵もすごいぞ。
山吹色に輝く卵を1ダースごと、バターの海に投入した。
今やなかなか手に入らない卵に、のけぞりそうになる。ほしい。喉から手が出るほどほしい。
上質なビロードのように艶めくクッキーの生地は、午前中いっぱいかけて、丁寧 丁寧 丁寧に仕上がっていった。
工程と材料のシンプルさゆえに、ブチ込まれる大量のバターと卵。そりゃこんなもん、美味いわけである。
職員である知人へおもむろに聞いてみた。
「こんなにバターと卵入れて、大丈夫なん……?」
「大丈夫って?」
「原価とか」
「あっ、原価ね。あははは!」
すがすがしい笑顔だった。
「全然大丈夫じゃない」
大丈夫じゃなかった。
「ほんまにやばい。卵もバターも1.5倍ぐらいの値段になっとる」
「そんなら入れる量を減らしたらええやん」
「いや、そこは変えへんようにしとる」
「なんで」
「ここにおる知的障害のある利用者さんたちはな、めっちゃ几帳面で、がんばり屋やねん。何ヶ月もかけて、分量や作業を覚えたわけよ。もしここでバターと卵の量を変えたらな、どうなるか知らんのか」
知人の不敵な笑みにCOBRAの面影を感じる。
「大あわてしちゃうやろ!」
大あわてしちゃうのか〜〜〜〜!
それは仕方ない。そういえばうちの弟も、歯磨き粉がいつもと違うパッケージになっただけでソワソワして、歯磨きする度に首をかしげていた。
「正直、作れば作るほど、赤字になる日もあるんやけど」
「あかんやん」
「けど、毎日作ってたクッキーの仕事を急にお休みするとな」
「うん」
「大あわてしちゃうやろ!」
まさかの原価無視クッキーであった。
生き馬の目を抜くような社会のしょっぱい事情にとらわれず、民のために美味いクッキーを焼き続ける、令和のジャムおじさんはここにいた。
「けどなあ、このご時勢やし、クッキーを卸してた病院や学校に置いてもらえへんようになって……」
「うん」
感染拡大予防で、外部の業者を立ち入り禁止にした場所も多い。売り先が減ってしまったのだから、なかなか大変なことだ。
「増量してん」
なんでや。
余らせたくないので一袋あたりのクッキーの枚数を軽率に増やしたらしい。わけのわからない計算式が働いている。常識という磁場がゆがむ。
「余らせたら、もったいないやん。添加物とか入れてないから、日持ちせんし」
なるほど。
「助成金もあるから、みんなに工賃(お給料)はなんとか出せてるよ」
「こんなに美味しいんやから、値段あげたらええやん」
「それもあるんやけど……。うちはさ、儲けるための作業所じゃなくて、みんなで日常生活を送るための作業所なんよ」
いわゆる就労支援事業所B型という種類の作業所だ。わたしの弟もそこへ通っている。
「クッキーで利益をあげることよりな、毎日ここへ来て、挨拶して、協力しながらひとつひとつできることをゆっくり増やして、しんどくなったら無理せずに休憩できるようにしたいねん」
クッキーづくりは仕事というより、生活なのだ。
もちろん、バリバリに効率化して大量に作り、利益をあげている作業所もあるけど。ここはそうじゃない道を選んでいる。
ところで、障害者なら誰でもクッキーを作れるわけじゃない。まじめで、体力があって、細かい仕事を続けられる、選ばれし者たちだ。
うちの弟はクッキー作るのが苦手で、ボンドで木工の穴埋めする仕事してるしなあ。
「あとな、みんな、クッキーを自分で手売りしてお客さんに喜んでもらえるのが生きがいやねん。常連さんのお顔も名前も覚えてる。50円値上げして、一人でも減ったら悲しいやん……」
実際に買う人は、病院の患者さんや、学校の生徒さんも多いらしい。お財布に打撃を与えないためにも、決められた工賃が払えるうちは、値上げをしないで、きちんと売り切ることを目指すそうだ。
「まあ、きついときほど、笑うしかないわな!たくさん買ってくれますよーに!」
ポジティブ思考がすぎるが、クッキーを作っている人たちもみんな、心底楽しそうだった。全部売ってくれ。しかし帰り際にも二度見するバターの量である。
作業所クッキーはべらぼうに美味いのが多いので、円安に心が痩せ細ってる人は、買って肥えてみてね!
※原価や工程の事情は、たぶん他にもいろいろあると思うよ。
なんかこういうセレクトショップだと色々な作業所のを買えたりするので良さそう。
ネットで買うのもいいけど、ふらふら歩いてて見つけた時に直接買って通うようになるのがおすすめ。