ボルボを買った話が、とんでもねえ翻訳で希望に変わるまで
2週間とちょっと前に「全財産を使って外車買ったら、えらいことになった」というnoteを書きました。タイトルで、話がほぼ終わっとる。
年の瀬のクッソ寒くて、クッソ忙しいなか、80万人が読んでくださいました。そして、サポートという応援のお金が1500人から届きました。
令和のクリスマスキャロルは、ここにあったんや……!
「おもしろいやんけ」と思ってくださった気持ちが、天にも届いたのでしょうか、普段はここぞというタイミングでありえない爆運をダメな方向へ炸裂させてしまうわたしのもとに、何ごともなくボルボが納車されました。
去年のわたしだったら、ストリートファイター2のボーナスステージ並にボルボがボッコボコに破壊されるなにかを発生させていました。みなさんのおかげです。
さて。
みなさんからいただいたお金ですが、ボルボの購入代、改造代、車検代に充てるのは、ちょっと違うなと思いました。
なぜならボルボは、わたしが買うことに意味があるからです。わがままを言って、すみません。
いろいろ考えた結果「わたしをおもしろがってくれたお金は、またべつの誰かをおもしろがらせるために使おう」と決めました。
つまり。
1. ボルボに乗って、2021年は家族で楽しい場所へ行き、楽しいnoteを書くためのガソリン代や高速代にします。
2.ボルボのnoteを多言語翻訳し、世界へ発信するための経費にします。
エッセイの多言翻訳について、実は、ずっとやりたかったんです。
きっかけは、2016年に母とミャンマーへ行ったときのこと。
現地で、弟と同じくダウン症の子どもを育てている家族に向けて、母と講演しました。交通機関の発達していないミャンマーで、なんと5時間以上もかけて、遠くの村からやってきてくれた人たちもいました。
終わったら、お母さんやお父さんが、涙をぼろぼろに流しながら、手をとって、笑ってくれたのです。
「ミャンマーでは、障害のある子どもが生まれたら、追い出す村もある。ずっと肩身の狭い思いをしていた。大好きな我が子と心中しようと思った。でも、日本という国では、良太さん(弟)が楽しそうに暮らし、愛されている。奇跡だ。でも現実だ。諦めなければわたしたちの未来も、きっとそうなる。岸田一家が、同じ地球上にいることを生きる希望にする」
母が講演で話した内容は、ぜんぶビルマ語に翻訳され、ミャンマー中の施設に配られ、いろんな人から「読んだよ」と絶賛してもらいました。
日本にいたら、著作権とか、肖像権とか、いろいろあるけど。そのときわたしは「権利なんぞ、なんでもええから、ぜんぶ載せたってくれ!」と思いました。
わたしの日常が、地球のどこかで、誰かの希望になる。
わりとしんどいことばかりだった人生が、またおもいきり報われてしまいました。
だからずっと、世界中の言葉で、日常を語りたったんです。
母が手だけで運転する様子も、たくさんの人に助けられてボルボを買った経緯も、希望になるかもしれないから。
だがしかし、わたしは英語ができない。
壊滅的にできない。
実を言うと、大学受験の英語だけはめちゃくちゃできる。代ゼミの模試で全国10位を記録したことがある。長文も読める。
しかしそれは、答えに1〜4の選択肢があるからだ。
まったく書けないし、話せない。
大学ではライティングの授業を3年連続で落とし、アメリカ人の先生が教卓をペットボトルでガンガン叩きながらバチギレしていたが、それすらもなにを言われてるのかわからず、薄笑いを浮かべるほかなかった。
旅行先でカジュアルに「この店のおすすめ料理をください」と言いたくても、数分間経って口から出てくるのは「あたなの店で最もあなたが推薦する一番の食材で作った最も美味しい夕飯をいくつか持ってきてくださいませんか」となり、しかも伝わらない。
イングリッシュ オワンゴ。
1にツイッター、2にツイッター、ということで、ツイッターで軽快に「翻訳に協力してくれる人はいねが」と呼びかけたところ、
120名から「やるやで」とお返事をいただきました。
世界は、言葉でできている。通訳や翻訳の人がいなければ、われわれの言葉は、島国でオワンゴするわけで。本当に尊い。ありがとうございます。
マネジメントができないことで会社を何度もクビになりかけたわたしが、120名もの人と進めるととんでもないことになるので、お一人ずつ、翻訳のご経験や今のご活動などを伺いながら、代表を選ばせてもらいました。
せっかく手をあげていただいたのに、お願いできなかったみなさん、本当にごめんなさい。SNSなどで感想をご自分の言葉にしていただいて、翻訳版の拡散に協力してもらえると、すっごく嬉しいです。
そのなかで倉本美香さんという人から、ご連絡いただきました。
(※やり取りを岸田が要約しています)
まったく目が見えないなど重度の障害が複数ある娘を、ニューヨークで育てています。娘が生まれてからの経緯は、一言では語りきれませんが、たくさんの人たちに助けられてきました。
少しでも恩返しがしたく、いまは要支援者と呼ばれる人たちをサポートする活動を「一般社団法人 未完の贈り物」で続けています。
以前から、奈美さんのファミリーとエッセイのファンです!
言葉の壁があるために、この素敵な感性を世界に伝えられないのはもったいない。より多くの人たちへ奈美さんのメッセージを繋ぐために、お手伝いさせてください。
こちらで語学アカデミーの立ち上げを準備していて、そこの翻訳チームから有志を募ります。
わたしはボルボの改造を引き受けてくれた、ニッシン自動車工業の山本さんの仕事を「大切な人を思ってひねり出した新しい仕事が、また別の、大切なだれかを幸せにしている」と、言いました。
倉本さんは、まさに娘さんを助けてくれた大切な人たちのために、新しい仕事をしていらっしゃいます。この翻訳さえも。
それならぜひ、倉本さんにお願いしたいと思いました。
さっそく、必要経費などの条件のお話をしたら。
お金は、どうか気になさらないでください!
コロナでニューヨークもかなり厳しい状況で、わたしたちの仕事もずいぶん飛んでなくなったりしていますが、自分が困ったときこそ人助けがしたいんです。
その心意気を共有してくれる仲間たちに集まってほしいと、声をかけました。
言葉にならない。
その心意気に値段をつけるわけにはいかないので、それならばわたしは、心血と愛情を注いで翻訳してくださった原稿を、魅力たっぷりに、できるだけ広く遠くへ伝えることに、時間もお金も使わせてもらいます。
受け取った希望と幸せは、全力で次へ次へと回すのだ。スシローのように。くら寿司のように。かっぱ寿司のように。
「じゃあ、翻訳しやすいように、日本でしか通じない例え話とか、関西弁とか、しょうもないツッコミを省いた、アッサリめの文章を送りますね」
そうしてわたしは、よかれと思って3000文字ほどの、アッサリした文章を送ったのですが。
奈美さん!
これじゃあ、奈美さんの明るいトーンや爆笑の言い回しがぜんぜん伝わらなくて、悔しいです。
コッテリしたままのnoteを、翻訳していいですか?で
えっ。
だって、「サザエさんのフォーメーション」とか。
「医龍みたいなやばい手術」とか。
「スッテンコロリンしてしまう」とか。
わけわからん行間とかありますよ。
大丈夫です。やりましょう。
翻訳チームの腕の見せ所です。
そのままの温度で欧米人に響く表現にします。
プロって、マジですごくない?
わたしのハチャメチャなnoteの温度をそのままぶつけられる欧米人の皆さんを思うといたたまれないけど、マジですごくない?
それからすぐ、他の言語に先立って、英語に翻訳された原稿が倉本さんから送られてきました。はっや。
あれとか、あれとか、あれとか、どう訳されてるの……?と思って、わくわくしながら読んでみました。
全財産を失って外車を買ったら、えらいことになった
How I Emptied My Entire Fortune for a Foreign Car and Things Got Out of Hand
おおお!
直訳すると“わたしの未来ぜんぶを空っぽにして外車を買ったら、手に負えないほどの大騒動になった”とのこと。
え、え、え、えらいこと感、出てる〜!
全財産を「わたしが未来に備えて、持っていたものすべて」という英語独特の表現にすることで、壮大な意気込みを表現してくれたそうだ。
クソ頑丈なボルボに全信頼を寄せていた。
…and trusted that hulk-of-a-car Volvo with all his being.
ハルク……マーベル映画のハルク!?!?!??!
クソ感情なボルボが、急にハルクに変身した。
アメリカでハルクといえば、怪力や化け物を意味するくらい、力の代名詞になってるそうだ。強そう〜!
そう、乗りたい車に、乗りたいのだ。
There you have it. We want to drive what we want to drive.
ここは、言葉の裏に隠された、わたしの本意、障害がある家族がいるからできなかった、本当に望んでいたドライブのことを読み取ってくれたそうだ。
倉本さんも、娘さんのことでたくさん行動に制約があったから「やりたいことをやりたい」と代弁する文章に、希望をもってこだわってくれた。これは倉本さんがいなかったら、生まれなかった翻訳だと思う。
「はっ!」
“Eureka!”
個人的に、この「ユリーカ!」は初めて生で見て(生で見て?)感動した。交響詩篇エウレカセブンじゃん。インターステラーでマーフが叫んだやつじゃん。宇宙兄弟のオープニング曲名じゃん。
美しい翻訳のポイントはもっとあるんだけど、最後に、わたしが特に気になったところを。
サザエさん、どないなっとるねん。
限りなく、サザエさんのエンディングテーマのフォーメーションで、
Feeling like some family from “The Flintstones,”
The……Flintstones……?
フ、フリントストーン!!!!!!!!(爆笑)
こんな、わたしがノリで書いたような細かい例え話まで、真剣に「どうやったら伝わるか」を考えてくれた、翻訳チームのみなさん。
申し訳ないという気持ちと、ありがとうという気持ちが、徳島の渦潮のように混ざっています。でも、ありがとうの方が勝ってる。
渾身の英訳全文は、こちらから。
どうか、どうか英語ができる人は、拡散してください。こんな努力、世界に広がらなければ惜しすぎる。
(英語以外の一部言語については、わたしが書き下ろした簡易版の原稿を訳してもらっています、12月〜1月にかけて順次公開します)
協力してくれたのは、倉本さんが立ち上げに協力している、「エムズラボ」という語学アカデミーの翻訳チームです。世界各国に在住し、文化背景の違いをふまえ、言語の壁を突破する研究をしているそう。(WEBサイト)
その情熱と、不死鳥のように何度も何度も練り直して生まれる絶妙な言葉は、本当にすばらしい。現代において、心のこもった職人にしかできない仕事や、と感動しました。
クリスマスに国境を越えて、こんなギフトを岸田さんにお届けできることを幸せに思います。
原稿の受け渡しのメールまで、言葉の力が炸裂している。
倉本さん、エムズラボの皆さん、そして、わたしのnoteを読んで、応援してくださったすべての皆さんに、心からお礼を申し上げます。メリークリスマス。
I think 最高。