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魂をこめた料理と、命をけずる料理はちがう

ラーメン屋の行列に並んでいた。

京都の自宅へ遊びにきた母が
「ラーメン食べとうて、しゃあない」
と、眼をかっ広げて言うのである。

母はたまに、そういう猛烈な天啓が下る。

車いすなので、こぢんまりした店にはひとりでフラッと入れないからだ。

ならば、どうしても食べさせたいラーメンがある!京都の名店!

麺屋猪一!

いつ来ても行列で、ミシュランにも載り、外国のお客でごった返してる。

おっ。
本店近くの“離れ”なら、今日は20分ぐらいで入れそう。

天啓!!!


というわけで、並んだ。

待ってる間に、メニュー表を見る。

「1400円!?!?!?!!」

ビビった。
2年前に初めて食べたときは、900円。
昨年は、1000円だったのに。

つ、強気ィ!

原材料の高騰で値上げするのは、まあめずらしくもないけど、なかなかにウッとなる金額である。

観光で来た人、それも外国からなら、ぜんぜん出せるか。そっか。え〜〜〜、そっか……。

動揺しながら、店の貼り紙を見る。

『メニューの価格の再値上げをさせていただく決意をいたしました。』

やけに長文である。

『お店の人員の不足が続いており、数社の媒体でスタッフを募集しましたが、飲食業界全体が採用難です。この先の未来をよく考えて悩み、4月に賃金の引き上げをすることにしました。』

えっ。
原材料じゃないんや。
人件費なんや。

『おかげさまでスタッフも増えはじめ、お店に新たな価値が創造できるようになり、光が見えて参りました。』

ぶっちゃけ、思っちゃった。

新たな価値ってなんなのよ〜って。
うまいこと言いはるわあ〜って。

疑ってた。
この時までは。

順番がまわってきた。

「あかん。入れへん」

ガラス戸から店内をのぞいて、母が察した。


店内にはカウンター席が半分、テーブル席が半分。車いすだと、テーブル席にしか座れないが、ちょうど全部埋まったところ。空くまで20分はかかる。

空いてるのは、カウンター席ばかり。

オーケーオーケー、もう慣れとる。こういう時は店員さんが「すみません、後ろのお客様を先にカウンター席へお通ししても良いですか」と言うて、譲ることも。

慣れとる。

車いすで食事するとは、そういうもんである。

ガラッ。

若い店員さんが、出てきた。

「車いすのお客さま、中へどうぞ!」

ど、どこに!?!?!?!

あっ。

さっきまで人がいたテーブル席が!
もぬけの空!

見れば、別の若い店員さんが、まだラーメンが到着してないお客たちに交渉してくれていた。カウンター席に移ってもらえないかと。

それはそれは腰が低く。
しかも流暢な英語と中国で。

めっちゃ喋れるやないか。

すごい。ほんで、お客も一瞬「?」って顔をしてるが、説明を聞くやいなや「Sure!」「行、行」と、ほほえんで立ちあがる。優しい。

わたしと母は、グローバルなお客たちに頭をカッコンカッコンと下げながら入店する。暴風雨のシシオドシのごとく。

ありがとうございます、ありがとうございます。

びっくりした。

「こんなに若いのに……」

20歳そこそこの店員さんを見つめる母の眼が、ババアのそれになっている。今年の甲子園も同じ眼で見守っていた。冷房の効いた部屋で、勝手にカーディガンとか着せようとする眼である。

「おしぼりが冷たい……」

運ばれてきたおしぼりをスンスンしながら、母は泣きそうになっていた。

「レンゲは温かい……」

感動がインフレしている。落ち着け。

それにしても、店員さんの機転がすごい。
しかも笑顔、笑顔。

忙しくともピリピリせず、お客とサラッと雑談かます余裕もある。手は動いている。

「これは麺オブ・ザ・イヤー受賞やわ」

母が独自の賞の創設に至った。落ち着け。

もちろんラーメンは文句なしにうまい。五臓六腑に染み渡る淡麗系、出汁の旨味がすごい。

感動!!!!!!!!!!!

ひとことお礼を言いたくて、片づけをしてる店長っぽい人に、若い店員さんのことをたずねた。

「ありがとうございます!彼はああ見えて、京都の◯◯大学の学生で」

めちゃくちゃ賢い大学やないか。

「かしこや。かしこがおる」

「ワハハ。頭は良いんですけど、私生活はアホというか……」

「ちょっと!ちょっと!」

店長にからかわれ、彼は楽しげにツッコミをいれていた。かわいがられとるんやな。

賃料を上げる前まではさっぱりだったが、今は60人も応募があったそうだ。彼が選ばれるのも納得。

お、お、お賃金がなせる技ッ!!!
新しい価値ッ!!!

疑ってすまんかった。新しい価値あった。

そりゃ、こんだけうまけりゃ、店の魅力もあるでしょうけども。働く人は助かるし、生活苦しい学生は決め手になるよな。

魂をこめた料理は、命をけずった料理とちがうのよ。

そのあと、シュウマイが何かわからんくて怪訝そうなアメリカ人に、ペラリペラリと説明して、シュウマイの注文を11個とっていた。とりすぎ。

お会計してくれたのは、これまた若く、台湾からワーキングホリデーで働きに来た店員さんだった。中国語でお客に交渉してくれたのは彼だ。

どうしてもこの店が好きで、正社員登用されるために、がんばってるという。ド笑顔。

ウェ……

ウェルカム!!!ようこそ日本へ!!!きみが今ここに!!!いること!!!!

とびきりの運命に!
心から!
ありがとう〜〜〜〜!!!(現金を出す)

なんぼでも払います。
1400円、払わせてください。

値上げとは、しんどい話である。
家計にガッツンガッツン響く。

値段をおさえて、やりくりしてくれる店の努力は、すばらしいと思う。そのおかげでわれわれは、ラーメンという、脳のシナプスが死んだ状態でも気軽に欲望を丸呑みする日常が叶ってる。

でも、こんなお店もあってほしい。なかなか普通にラーメン屋に入れない母にとっては、喉から手が出る。

母がカーディガンを今にも編みそうな気配をかもし出したので、お礼を伝えて、退店した。

初めて思ったかもしれない。値上げしてくれて、ありがとうなと。がんばって仕事してさ、また通おうと思うよ。

9月4日13時追記

このラーメン屋を運営しているかたから、メールをもらった。

読みながら涙が出てきました、社員全員とっても喜んでおります。数か月前に、こんなに流行っているのに経営が厳しく、スタッフが揃わず継続も難しい状態に立たされておりました。

あんなに流行っているのに!?!?!!

閉店後に皆で集まりこの採用難をどのようになり超えるかと議論し、賃金も上げてお客様にも理解を得て値上げしよう、それでダメだったら仕方ない、日本の素晴らしい飲食店のためにも覚悟を決めて進もうと、あのようなメッセージをお店に貼り値上げをさせて頂きました。 

実写化決定では?????

商品、サービスのクオリティーを下げることなく精進し、お客様に愛してもらえるように創意工夫しようと。我々の想いをすべて表現していただいたコメント、勇気づけられました、本当にありがとうございます。

カメラマンはどこだ!
回せ、回せ!カメラ回せ!

ついでに経済を回せ!

いつもより多めに回しておりますが、これについては、届けてくださった読者の皆さんのおかげなので、ありがとうございます。

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岸田奈美|NamiKishida
週末にグループホームから帰ってくる弟や、ばあちゃんと美味しいものを食べます。中華料理が好きです。