見出し画像

鯨の椅子では海を渡れないから気をつけろ

藪から棒に申し訳ないが。(高校生の頃まで、藪から棒とはぶっきらぼうの相方だと思っていた)

ちょっと、思い出してみて。

「天空の城ラピュタ」の冒頭で、パズーがラッパを吹いている。名シーンだ。パパーパパパーパパーパパーパー♪というメロディとともに、バサバサと飛び去っていく大量の鳩を。

観たことないって人は、はごろもフーズ「シャキッとコーン」のCMでも良い。コーンに生まれた〜この気持ち〜♪と歌い上げ、ボロボロと転落していく大量のコーンを。


さあ、鳩もしくはコーンを、今すぐ紙幣に置き換えてほしい。


それがハワイで使うお金だ。


もう、すごい勢いで紙幣が飛び去っていく。これが物価高騰パンチと観光地価格キックのダブルコンボだ。もれなく岸田は死ぬ。

私と母の場合。ここへさらに、貧乏人魂ラリアットが加わる。

スーパー玉出の木綿豆腐の底値より低い自尊心が邪魔をして「もうハワイなんて来れないんじゃないか」「これが最後の贅沢なんじゃないか」と、不吉な予想ばかりが頭を駆け巡る。

そうすると、鳩とコーンが当社比二倍で思い切りよく飛んでいく。悲しきかな貧乏人魂。

旅立ちの前、お高いディナークルーズをすすめられた。

「船なんかタダで乗れるから、ここで乗らんでもええわ」
「天保山のポンポン船な」
「それ」
「「ガハハハハ」」

およそこういう育ちのよろしくない会話をしていた記憶はある。

画像1

気づいたら、乗ってた。

「空調も無煙ロースターも無い、招き猫が油煙で真っ黒な焼肉屋でも歓談できちゃう仲じゃないと乗れない」とネットで称される、天保山のポンポン船とはわけが違う。

画像2

こういうわけのわからんトロピカルドリンクも飲めるし。

画像3

わけのわからんくらい柔らかいお肉も食べられる。

ちなみにこのお肉は口の中でとろける。生まれてこの方、口の中で食べ物を失うという経験をしたことがなかったので、切ない喪失感と旨味の幸福感で脳みそがおかしくなりそうだった。銀行の残高はおかしくなった。

絵に描いたような船長までいた。星の肩章がついた白い服に、白い帽子。恰幅の良い体型。

「今宵、皆様に素敵な夜を、安全運行で……」みたいなことを100倍オシャレにしてスピーチし、乾杯の合図をしていた。

若干愛しさの残るはみかみ笑いで「お前ェそれはお前ェ橋本がなァ」と永遠に文句を言っていた、天保山のポンポン船の船長とはぜんぜん違う。感動した。

しかしこの船長、途中から普通にフロアに出てきて、ダンサーとシャンパン飲んだり、お客さんと写真を撮りまくっていた。船長としての仕事は、なに一つしていなかった。


日本にいたら絶対に踏み切らないような線を、二段飛ばしで踏み切ってしまう。それがハワイだ。


お金お金お金うるさいよお前はカネゴンか、と言いたくなる人もいると思う。カネゴンらしくないことも、もちろんあった。


ハワイは、バリアフリーがとても進んでいる。世界有数の観光地ということもあるし、アメリカはそもそも日本よりずっと前に、バリアフリーの法律が整備されている。スロープやエレベーターのないお店は、罰金の対象にもなるのだ。

お国柄、怪我をして退役した軍人さんが多かったり、障害はないが肥満で車いすを使う人が多かったり、そういうのもあるらしい。

それでも、バリアフリー化が難しい場所がある。

自然だ。

海、山、川。
こればっかりはもう、人間の力ではどうしようもない。

画像4

ハワイといえば海。海といえば砂浜。
どう考えても車いすでは近づけない。

それを百も承知で「これならいけるんちゃうか」と、奇行に走る母の図である。なにがどういけるんだ。その装備でプカプカ浮けるとでも思っているのか。


「なんか、どうにかして海行ける方法ないかなあ」
「わからん。ネットで調べてみたら」
「オーシャン ホイールチェアー……」

ここで「ホイール(車輪)」を「ホエール(鯨)」と打ち込んでしまい、鯨の骨で作っためちゃくちゃ怖いイスの画像を一旦挟んだあと。


なんと、有力な情報があらわれた。


ハワイの主なビーチには、ランディーズという水陸両用車いすが無料で貸し出しされているというのだ。無料!?!?!?!?!?!?!

無料。素晴らしい響きである。無料と聞いてからの岸田家の動きは速かった。木の葉の里の者に引け目をとらない。

画像5

デデーン!

乗ったはいいけどこれ結構大きいし、どうすんねんやろ、と思ったら、当たり前のようにライフセーバーのお兄さんが運んでくれた。

画像6

ちょっと目を離すと、知らん子どもまで運びにきた。砂浜におけるなにかしらのコンテンツと化している。

画像7

そして、念願の。

画像8

う、海だーーーーーー!!!!!青いーーーーーーーー!!!!!!

ちなみにこの動かし方に全然慣れてなくて、「海は好きだけど絶対に濡れたくない」と懇願するオカンを浅瀬に二度漬けしてしまった。

「ちょっとまって、波が高……あぶっ!あぶあぶあぶあぶあぶ(危ないと言いたい)」

こういうやり取りを死ぬほど繰り返していた。よかった。


できなかったことが、できるというのは、本当に嬉しい。

正確には「できないと思っていたこと」だ。思い込みは負のループを引き起こし、いつしか現実のようなものを縁取っていく。

私も以前、大学生最後の春休み、自動車の仮免許を勘違いで失効してから、それはそれは落ち込んだ。もうこんな間抜けな私は、車の運転なんてできないんだ。時代はモータードライブだっていうのに。ガーンとしながら、さめざめと泣いた。

だけど、そんなことはなかった。大人になって、ピンと思いついた日にネットで探したら、社会人でも仕事に行きながら通える教習所はあった。あんなに苦手意識のあった運転が、いつの間にかスルスル上達した。まだ免許は取れていないし、なんならあと1回免許センターでの実技試験(めちゃばり難しい)に落ちたら仮免許は失効してしまうのだが。

だけど私は、何度だって挑戦できる、遅すぎることなんてない。

私と母にとっての旅も一緒だ。私たちは、思い込みを一つずつ消すために、行ったことのない場所へと出かけている。

画像9

ハワイでは、海だけじゃなくて、べつの思い込みも消えた。「スタッフだろうとなんだろうと、適当に楽しくやればそれで良い」という考え方だ。丁寧に言ったが、すなわち、みんなテキトーなのだ。


車いすの二台同時に引っ張っていく空港職員。
ガムを噛んで歌っているバス運転手。
他のお客さんを放ったらかして手伝ってくれるライフセーバー。


相手が小さな子どもでも、障害者でも、関係ない。みんな、自分が楽しいから話しかけるし、助けたいから助けてくれる。

もちろん、車いすを固定するバスのシートベルトは人によってはユルユルだし、会計をうっかり忘れられるし、それが丁寧で安全かと言われたら、よくわかんないけど。いや明らかに日本の方が丁寧だけど。

でも「アロハ〜♪」って笑いかけてくれるので、私たちはそれで良いと思う。日本だと、助けてくれる相手もかしこまりすぎていて、よく母は「すみません〜」って言うのだが、ハワイでは一回も言わなかった。すごいことだと思った。


ハワイから帰ったあと、私は給料日までを、天かすにネギを加えてめんつゆをかけたもので凌いだ。天丼の味がした。

週末にグループホームから帰ってくる弟や、ばあちゃんと美味しいものを食べます。中華料理が好きです。