死んだ父が、文字だけ生き返った
手で書いた文字を見ると、その人柄や人生まで伝わる、と最近教わった。
たしかに、おおらかな人の文字はなんとなく、ゆったりしているような。せっかちな人の文字はなんとなく、急いで書いているような。
わたしは、自分の字が嫌いだった。どうひいき目に見ても、汚いからだ。汚い理由は、岸田家の母から語り継がれている伝説がある。
「一番、字の書き方を教えないとアカン小学生の時に、良太(知的障害のある弟)のことで、家族みんな手いっぱいやったやろ。パパもママも、奈美ちゃんが細かいことできへんくてもかまへん!生きとるだけでえらい!って思って、ちゃんと教えてあげへんかってん……ごめんな」
はやい話が、勉強の方は、めちゃくちゃポジティブに放任されていたのだ。生きとるだけでえらいから。
自分の箸の持ち方がおかしい理由を知ったのも、この時である。
まあ、ぶっちゃけ、直そうと思えたら直せるんで、親のせいではない。
だけどわたしは、その話を聞いたとき「直さなくていいや」って思った。
学校へ行けるかどうかもわからない弟に付き添って、家族でああでもないこうでもないと奮闘した記憶は、誇らしいから。その記憶が、わたしの字や箸にあらわれるなら、悪くないから。
(自分を喜ばせる方法だけは免許皆伝レベルで習得しているので、そういう都合のよい言い訳をわたしはいっぱい仕入れている)
さて。
そんなわたしが、最近はもっぱら、手書きの文字を披露している。しぶしぶ。
はじめて、本を出したからだ。
こんなわたしの、痩せた犬のようでもあり、野に咲く花のようでもある人生をボコ詰めにした文字を喜んでくれるのならばと、サインを書かせてもらっている。しぶしぶ。
前に書いたnoteのとおり、字が書けなかったはずの弟も。
姉のために、今度は自分の名前を猛烈に練習して、得意げにサインをしてくれるようになった。
これが思いのほか、神戸のみなさんに喜んでもらえた。50冊くらい書いたのだけど、すべてその日のうちに売れていったそうだ。
味をしめた岸田家は、次は母・岸田ひろ実をも投入し、家族三人のサイン本をつくりはじめた。
これで300冊ほど、書店さんでサインをしたことになるけど、これも完売。大きな声では言えないが、われわれには印税が入るので、もうペンを片手にウハウハである。
家族でドサまわりをしているような状況だ。するとは思わなかったね。まさかドサまわりを。家族で。
でも、家族三人のサインがそろって、本屋さんや読者さんに喜んでもらえば、もらうほど。
「ああ、本当はもう一人、サインが足りないのにな」
と、どこか悲しく思った。
そうだ。
この本でも一番多く、エピソードを書いているはずの。
父こと、岸田浩二だ。
父は14年前に、心筋梗塞で突然死した。
死んだ人は、サインができない。
当たり前のことだけど「あと一人そろったらな」と、リーチしているビンゴのカードの、ひとつだけそろわない数字を未練がましくじっと眺めているような気分になった。
そんな時、わたしには、いつも奇跡が起きる。よくわからないけど、たぶんわたしはそういうふうにできている。
部屋を掃除していると、こんなものがでてきた。
父が使っていた、クレジットカードだ。とっくに有効期限は切れている。
「マイルたまってたら、ハワイ行きたかったのに」とろくでもないことを考えながら裏返すと。
そこに、父の名前があった。手書きの。
「うわっ」と声が出た。
もうここにいない人の字というのは、まじまじ見ると、なんか不思議な気分になる。足跡とか、残り香の感覚に近い。今も生きているように思うのは、なんでだろう。
父は、あの時代にはめずらしくデジタル派で、日記もスケジュールもパソコンで管理していた。あと「なんでいちいち手書きせなあかんねん!ハンコ押さなあかんねん!俺の時間は貴重なんじゃ、アホんだら〜〜〜」と虚空に向かって吠えていた。
だから、ちゃんと文字を見たことがなかった。クレジットカードの裏面というのは、たぶん、うちに唯一残ってる父の筆跡だ。
「これ、なんとかならへんかな」
わたしは思った。
筆跡を真似てみようか。それはなんか違う。
コピーして、貼りつけようか。
いやいや、本が糊でフニャフニャなるわ。
どないしよう。
そんなわたしに手をさしのべてくれたのが、デザイナーのかもゆうこさんだった。
「筆跡そのままスタンプにできますよ!お父さんの写真を撮って、自動トレースして、線が途切れてるような細かいところだけパスを調整すれば」
トレースとかパスとか、わたしにはFIFAワールドカップしか思い浮かばなかったけど、この日ほど「デザイナーってすげえ」と思ったことはない。
かもさんから言われるがままに、写真を送った。
そして、待っていたら。
あんぎゃあ。
あわばばば。
………あっっっっっ(嗚咽)
自分の本の、いつもサインしているページに、押した。父の文字だった。田の「そこまできたら閉じたらええやん」って思うスキマとか、口の「一筆で書こうとすな」って思う形とか。ぜんぶ父だ。
「なーんでこんなん、書かなあかんねん。まあ、それで買うてくれるんやったら、ええけどな」
ぶつくさ言いながら、書いている父が見える。気がした。文字が喋った。うるせえ。
うるせえけど、父の筆跡を、自分の本に残せる。こんなに嬉しいと思わなかった。
ちなみに、母に見せたらこう返ってきた。
夢でなかろうか?
父はもういないけど、たくさんの人に、父の文字と人生が伝わりますように。願いをペンに込めて。
いつも応援してくれて、ありがとうございます。
一年前のわたしは、卑屈でこじれていて、なんもできんかったのですが、今ではこんな風に、思いつきでスタンプを作ってもらい、父の文字を生き返らせることができました。
それはたぶんキナリ★マガジンの読者さんが、いつも読んでくれることで「やりたいことはぜんぶやっていいんだよ」「失敗したってかまわないよ」と、わたしに言ってくれてるからだと思ってます。
いやそんなことあらへん、っていう人はすみません、恥ずかしいんでぜんぶ忘れてください。
以前、「わたしがほしかった遺書のはなし」というnoteを書きました。
そこでは、置いていかれる人へのメッセージはいらないから、なんでもない日常を書いてほしいと頼みました。そのなんでもない日に起こる、ささいな選択の連続が、生きていくときの羅針盤になるからです。
だけど、いまのわたしは、そこにもうひとつ付け足したい。
なんでもいいから、手書きの文字を、残しておいてほしい。
文字には人柄や人生が宿るという話、わたしは最初、眉唾もんで聞いてましたし、「ケッ、どうせ雑なわたしですよ」とやさぐれていました。でも今回、父の文字を見たとき、それは父以上に父でした。そのものです。
写真や動画やテキストはデータとして、何年も残る。もちろん、それも素晴らしいこと。
だけど、ぬくもりがあるのは、やっぱり手書きなのかもしれません。
ぬくもりの定義は人によるけれど、わたしは「人間くささ」がにおってくるものだと思います。いびつだったり、間が抜けていたり、面倒くさかったり。
そしてさらに、消えゆくものだとも思います。
何百年も残るものではなくて、それを見られるのは今を生きている自分だからこそ、大切に、大切に守っていかなければいけない。そう思うと同時に、愛が生まれ、不着し、愛着に変わるのでしょう。
この世界に、愛着があるものを手にできることが、なんと幸せなことかと思います。こわい。宗教みたいになってきた。文章がへたな証拠だ。
だから、名前でもなんでもいいので、手書きの文字を大切な人に届けましょう。もちろん、棄てられるかもしれないし、忘れられるかもしれない。届けて、祈るだけ。力になればいいなと。できることはただそれだけです。
欲を言えば「岸田奈美」って書いた、父の文字もほしかった。
でもそれはもう、かなわないので。
これを読んでくださったみなさんが、少しでも後悔のない文字を、この世界に残せますように。祈ります。こわいねえ、この文章。