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私と山田先生の確定申告クロニクル〜領収書は炊飯器のなか〜

「あんた学校から3万円の報酬受け取ってるやろ。税金の申告漏れてるから、耳そろえて払うんやで」

意訳するとこういう旨を書いたハガキが実家に届いたとき、まだ学生だった私は震え上がった。

アホの私は当時、出身校から卒業生と講演を依頼され、ノコノコと講演に行き、報酬と言われ3万円を受け取ったのだった。アホなのでおばあちゃんからお小遣いをもらったのと同じノリだった。

まさかその3万円に申告が必要とか、思ってもみなかった。

はがきの差出人は、税務署。

税務署なんて生まれてこのかた、行ったことがない。踊る大捜査線でマルサなるものを見て「ハァ〜〜〜〜脱税はアカンな〜〜〜あのダンボールの中、なに入っとんやろな〜〜〜」とぼんやり思ってたくらいだ。

まさか自分が脱税しかける側に回るとは。耳をそろえて追加で税金を払ったものの、ショックははかりしれなかった。


だから、会社員になってよかったと思った。面倒な手続きはだいたい会社がやっといてくれる。最高。

そんな私が、ひょんなことから会社を辞め、作家になってしまった。考える間もなく、あれやこれやコメツキバッタのようにペコペコとたくさんの執筆の仕事をこなす日々。

怒涛の11月を抜けると、そこは年末であった。

「確定申告はやばい」「確定申告だけは早くやれ」「確定申告が恐ろしい」

耳を塞いでも聞こえてくるこれらの風評を、もう無視できなくなった。

確定申告というイベントが意味するものすら、私はよくわかっていない。本を読んでみたが、まず「あなたは源泉徴収されていますか」みたいな質問でギブアップした。源泉ってなに。夢の泉デラックス?

ノリでフリーランスになった女が、ひのきの棒と布の服で確定申告に挑もうとしている。もうちょっと……こう……ダーマ神殿とか……経由したかった……。

このままではデスタムーアから消し炭にされてしまうので、私はダーマ神殿へ行くことにした。

税理士事務所である。

税理士の知り合いなんて一人もいないのでどうしようかと思っていたところ、ツイッターである名前を見かけた。

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「さおだけ屋はなぜ潰れないのか?」というベストセラーを書いた、山田真哉先生だ。

読んだことのある本の名前に、私の胸は高鳴った。この人だ!この人なら私を助けてくれるかもしれない!

ツイッターというツールをおおいに過信しているので、軽率にメッセージを送ってみたところ「面白そうなので協力します」と言ってもらえた。

面白そうとは、一体。
人が確定申告するところ見て面白そうとかある?

「岸田さんはたぶん、僕がぜんぶやるよりも一人で確定申告できるようになった方が面白いと思うから、税金の基本と会計ソフトの使い方を中心に教えますね」

山田先生の優しさと面倒見の良さがあふれるメールが届いた。初めてお会いする日に持ってきてと言われたのは「領収書」だった。

私はいそいそと、作家活動で使った領収書をまとめはじめた。


一日目 消えた領収書

領収書がない。なんでや。

念には念を入れて、前日の夜に一束にして、確認したはずなのに。朝起きたらきれいさっぱり領収書がなくなっていた。なんでや。

そろそろ家を出なければ、山田先生との約束の時間に間に合わない。私は半泣きになりながら探し回ったが、どこにもない。

ベッドのマットレスまで引き剥がして、はあはあと息が上がってきたころ。ふと変な位置に置きっぱなしの炊飯器が目についた。

めちゃくちゃ嫌な予感がして、パカッと蓋をあけると。

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あった。

なんでや。炊く気やったんか。

思い出した。昨日、掃除で机の上を拭くとき、領収書を置くところがなくてとりあえず目についた箱に入れて、戻すのを忘れていた。よく見ていなかったが、あれは箱じゃなくて、乾かしてたお釜だったらしい。前途多難すぎる。

渋谷にある事務所に到着すると、Youtubeで見たまんまの山田先生がそこにいた。やっぱり優しい人だった。

「じゃあ今日はチュートリアルと言うことで」

山田先生が笑顔で言い、私はビクゥッと肩を震わせて硬直した。ちょうどこの2ヶ月前、チュートリアルの徳井さんが1億円の申告漏れでニュースになっていたのだ。

えっ、マジ? 私、そんなにヤバイの!?

確実にそのあとの話が耳に入っていない私を見て、山田先生が慌てて「ちがうちがう!今日は基本的な説明って意味です」と言った。そっちか〜〜〜。

「まず岸田さん、確定申告ってなにかわかりますか?」
「なにひとつ、わからんとです」

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スクッと立ち上がり、図解してくれる山田先生。わかりやすすぎて、ポカーンだった。山田先生、昔は塾の先生だったらしい。

ちなみに山田先生も私と同じ「教習所に入ったけど、諸般の事情で運転免許をゲットできず、教習所に入り直した」仲間だった。俗に言う、免許おかわりクラブの同士である。信用できる。

確定申告というのは、所得税を納める手続きのことだそうな。これまでは会社がやってくれていたが、これからは「私はこれくらい稼いだから、これくらい税金を収めますね!確定ィッ」と自分で申告するのだ。

ちなみに源泉も夢の泉デラックスではなく、物や出来事が生じるところの意味であり、源泉徴収とはいわゆる天引きのことだ。

うーん。税金の用語って難しい。こう、字面だけ見たところで、意味が想像できない。後から出てきた、家事按分とかも。わからん。読めない。

オタクを自称している山田先生は、ご多分に漏れないオタクっぷりだった。説明芸というかなんというか、とにかく説明が詳しくて面白くて聞き入ってしまう。

「今の税制っていうのは明治時代に導入されたので、その頃の名残がいくつか残ってるんですよね。ちなみに江戸時代っていうのは……」

確定申告について助けを求めにいって、江戸時代の税制から説明してくれるって手厚すぎじゃない?年貢だよ年貢。米俵だよ!

米俵をかついで持ってく時代に比べたら、紙で済む現代ってすごいんだな。おむすびが好きなんだな。

「ちなみに確定申告って面倒なだけじゃなく、良いこともありますからね。払いすぎた税金が戻ってくることもあるんですよ。岸田さんも少し戻ってくると思います」

「ま、まことに!!?!?!?!?!」

やばい。農民がお役人に泣く泣く米を持っていかれたあと、「払いすぎたから返してけろ!ほらこれ領収書!」つって城に乗り込んで米を返してもらえるって考えたらすごい。世が世なら斬られる。


ちょっと、確定申告が楽しみになった。


それから3時間にわたり、山田先生はいろんなことを教えてくれた。

「マルサが踏み込む時に持ってるダンボールには、何が入ってるんですか?」

「あれは空っぽなんですよ。帳簿や証拠をバンバン詰め込むためのものなので」

空っぽだったんだ……。

あと、私が美容室で髪を染めるノリで申告書の色は選べると思っていて「白色よりカラフルな色の方が好みです」と言ったところ、山田先生からは「白色申告と青色申告は、そういう意味ではないです」と言われた。


二日目 私はクリエイター・クリエイター

領収書に引き続き、今度は「源泉徴収票」なるものを持ってくるよう、山田先生から言われていた。

会社から毎年もらうあの難しい紙、そんな名前だったんだと今さら気づいたのは内緒である。

今度は前日から鞄に入れておくという万全の対策をとり、私は事務所に赴いた。同じ轍は踏まぬぞと勇ましく。

「それじゃあさっそく、源泉徴収票を見せてください」

待ってましたとばかりに、私は紙を取り出した。

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「これは……免許の路上練習申告書……ですね……」

愕然とした。なんというかもう、恥ずかしいとか情けないとかを通り越して、無になった。

っていうかよく見たら、日程も間違えている。2020年12月12日って未来じゃん。

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実物はこれ。山田先生は「こんなの間違えます?」と苦笑いしていた。

ちなみに路上申告書が手元にあるということは、今朝警察署に提出してきたものは源泉徴収票だということである。警察のチェックを免れたのもミラクル。(何枚も提出したのと、一旦預かるだけの手続きなので、たぶんあんまり確認されてなかった)

「気を取り直して……今日からは会計ソフトのfreeeを使って、実際の数字を入力していきましょう」

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テッテレー!

「使うの難しそう……」
「一回覚えたら便利ですよ!レシートを撮影したら数字認識するし、確定申告の書類も自動で作ってくれるので」
「うおおおお!すごい!」

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私はさっそく、ツバメが舞い飛ぶロゴのfreeeに登録し、画面を見ながら入力方法を教えてもらった。それ自体は簡単で粛々と入力していったのだが、あとから数字を全部ちょっとずつ間違えていることが判明した。freeeが優秀でもユーザーがポンコツ。

「職業は作家って入力して良いんですよね?」

基本設定の画面を見ながら、私は山田先生に尋ねた。

「いや、岸田さんは作家以外にもメディア出演や登壇も活発なので、作家じゃない方が良いですね」
「えっ、職業名が確定申告に関係あるんですか?」
「作家だと落ちにくい種類の経費があるんです。たとえば登壇のために衣装を買ったとしても、作家が本業だと認められない場合があるんですよ」
「はー、なるほど……じゃあ何にするのが良いですか?」
「うーん、クリエイターが無難ですかね」

かっこいい。クリエイター。私は喜々として入力した。すると表示された名称は「クリエイター・クリエイター」になっていた。なんか間違えてコピペしたらしい。

職業がきゃりーぱみゅぱみゅの曲名みたいになってしまったのだが、なにをどうやっても修正方法がわからず、私の職業はめでたくクリエイター・クリエイターとなった。(あとからfreeeの人に聞いて、ことなきを得た)

山田先生は私の度重なる失敗にはもう慣れたのかあまり気にせず、「この変動所得っていうのは漁業関係者かクリエイターしかお目にかからない所得名ですよ!レアですよレア!」と楽しそうに話していた。平常運転すぎる。


三日目 幻想だよ!確定申告会場

「うわあ!岸田さん、しっかり住所まで入れてる!えらい、立派だなあ」

山田先生からべた褒めされて、私は照れながら舞い上がっていた。なにかと言うと、これは支払いを受けたクライアントの社名と住所と金額を粛々と入力するという宿題があったのだが、それを私がちゃんとやってきたのだ。ガハハ。

「もうあと一歩ですね。今日は漏れている経費のチェックができたら、freeeで確定申告の書類を出力しちゃいましょう」
「あの……それなんですが、大きなしゃもじって経費になりますか?」
「大きな……しゃもじ……?」
「これなんですけど(ヌッ)」

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異様な光景である。

真面目で優しい山田先生はちゃんと教えてくれた。

・しゃもじの大きさは、経費性の判断には関係ない。
・単にしゃもじが好きというだけでは、経費にならない。
・仕事関係者にしゃもじを買えと強いられたか、岸田奈美といえばしゃもじ芸人、のように定義づけられているなら経費になる。

この瞬間、私はしゃもじ芸人としてブランディングすることが決まった。大きなしゃもじは経費になった。

あらかた経費入力し終えて、freeeから聞かれたことを順にポチポチ操作していくと、あっと言うまに「確定申告書類」ができあがった。

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圧巻である。めちゃくちゃ難しいことがいっぱい書かれているのに、freee使ったらめちゃくちゃ簡単だった。魔法じゃん。

「この書類データをe-taxで送ればOKなんですが……岸田さんは初めてなので確定申告会場で提出しても良いかもしれません。岸田さんの場合だと、最寄りの会場は税務署ですね」
「おお!税務署、行ってみたいです!楽しみ!」

ウキウキしている私に、山田先生は、なにやら憐れみの目を向けた。

「岸田さん。3月の確定申告会場はね、ハイシーズンのディズニーランドと夏のコミケを足して、2で割り、楽しさを引いた場所ですよ」

震えて泣いた。


四日目 人間になりたい

ついにその日がやってきた。

山田先生から「頑張って!」とエールをもらい、私は立ちはだかる税務署の前にいた。さながら魔王城の風格だ。

たまたま娘の顔を見に上京していた母を巻き込み、中へ足を踏み入れる。税務署行こうよと誘われた母は終始「なんで?」という顔をしていた。

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印鑑を忘れていて、慌てて押したことを除けば、トントン拍子にうまくいって。

「はい、それではこれで完了となります」

税務署の人の声が、ぐわんぐわん、と頭の中で響き渡った。

やった。

やった。

やったーーーーーーーーーーー!!!!!!

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めちゃくちゃ嬉しくて、控えの書類を持ってこの笑顔。
(確定申告をしたのが2月末なので、普通にマスクなしで出歩いてますすみません)

ちなみに、撮影してくれた母はちょっと涙目になっていた。

「宿題も学校の書類も、なにもかも期限通りにできなかったあんたが……立派になったねえ……」

急になんて失礼なことを言い出すんだと思ったが、まったくもってその通りなので、ぐうの音も出ない。

会社の経費申請もタイムカードも、保険の申請も、銀行の手続きも、細かくて地道な作業は、なにひとつ期限通りにできた覚えがなかった。

私の横着さが諸悪の根源であるものの、なぜうっかり忘れてしまうのか、なぜ重い腰が上がらないのか、わかっちゃいるけど治らない自分にどこか後ろめたさを感じていた。ちゃんとした大人になれなかった。

妖怪人間で言うところの「はやく人間(大人)になりたい」である。

そんな私が、確定申告の書類を出せた。しかも還付金まで受け取れた。

優しい山田先生とすごい会計ソフトのおかげで、人間になれた。

「私!確定申告!できました!!!!!!」と全世界に向けて叫び出したい気持ちだった。差し込む陽光も、目黒川のせせらぎも、雑踏の足音まで、すべてが愛しく、尊かった。

私の初めての確定申告クロニクルは、こうして幕を閉じた。

山田先生に「無事に終わりました、本当にありがとうございました」と連絡をした時、遠くでレベルアップの効果音が聞こえた。


おわりに

お世話になりまくった山田先生のばりばりにためになるYoutubeチャンネルはこちら!


依頼を受けて書いたわけではなかったのですが、新幹線爆音事件の記事で奇跡的に出会い仲良くなったfreeeの人に読んでもらったら、爆笑して協賛してくださいました。freeeの皆さんありがとうございます、これからもズッ友。

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岸田奈美|NamiKishida
週末にグループホームから帰ってくる弟や、ばあちゃんと美味しいものを食べます。中華料理が好きです。