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亀の名は(姉のはなむけ日記/第21話)

グループホームに看板がついた。

なかの工芸のお父さんと妹さんが、車で運んで、スコップかなんかで地面を掘り、トンカチかなんかでトンテンカンテンし、つけてくれたのだ。

ちょうどその時間に仕事があったので、入れ違いになってしまったが、さっそく見に行った。

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みょーん。

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母が運転する車に乗り、近づいていたときから薄々わかっていたが、存在感がすごかった。

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大きい。野球場の外野席にそびえ立っている看板ぐらい大きいとさえ思えてくる。東京ドームの日産の看板にホームランボールを当てて、自動車をもらっている選手を見たことがある。

あれは、夢があっていいな。これに直撃したらなにがもらえるんだろう。亀か。玄武か。

さすが、なかの工芸さんがこだわってくれた仕事で、発色も申し分なかった。目を見張るような青だ。

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ふわーお、と見入っていると、弟が手をあげた。看板の亀と同じポーズを取ってくれているのだ。わたしはこの陽気な亀に弟を重ねていたので、願いがかなったようで感激した。

まだまだこれからが、序章である。

「なまえ、なに?」

弟から言われて、困ってしまった。亀の名前を決めていなかった。

「たーとるくん」

2秒で命名した。

「たおるくん」

弟の認識では、タオルくんになってしまった。右上にちょうど、風呂桶とタオルも書いてある。弟は風呂が好きなので、ここで目一杯、カポーンと気持ちよくやってほしい。


こんなにも大きな看板を出すことになったわけは、前にも書いたが、近隣に住むとある人々から、苦情があったからだ。

障害者に住んでほしくない、帰る家を間違えられたら困る、と。

本当は入り口に柵や鍵をつけたり、塀を立てたりしてほしいと言われていたが、中谷のとっつぁんが何度か直談判をしてくれて、それはまぬがれた。

その代わりに、看板をつける、ということになったのだ。

看板がついたことで、そのへんは一体、どうなったんだろう。

なかの工芸のみなさんのていねいな仕事は見ての通りだが、肝心のデザインをわたしが担っているというところが不安である。

「なんやねん、この腹たつ亀は!ニコニコ笑いよって!ふざけとんか!」などとご立腹たまわるかもしれない。

わたしだって、楽しみにしていた沖縄旅行の予定が台風でなにもかもぶっ飛んだとき、天気予報で笑っているヤン坊とマー坊へ「なにわろとんねん!」と因縁ぶつけてキレ散らかしたことがある。理不尽。

火に油ならぬ、火に亀を注いでしまったらどうしよう。

「その方も看板を見に来られたんですよ」

グループホームの世話人さんから言われたとき、ヒェッと声が出た。亀のように知らぬ存ぜぬで首を引っ込めたくなった。

しかし聞いてみると、わたしが想像していたのとは、ちょっと違う展開が起こっていたのだ。


話は、わたしがここへ来る数時間前へさかのぼる。

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週末にグループホームから帰ってくる弟や、ばあちゃんと美味しいものを食べます。中華料理が好きです。