岸田 奈美
ワクチンを打ったわたし、心臓を止めない薬
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ワクチンを打ったわたし、心臓を止めない薬

岸田 奈美

お下がりの洗濯機をいつ持っていけばいいかという連絡を母にしたら、いま病院のレントゲン検査にきているとのことだった。

心臓に人工弁を入れている母は、“念のため”の検査がやたらと多い。いつも飄々とした外科医の先生が「うん、今日も異常なっしーん」と壁に貼りつけた検査の書類を見ながら、もう当り前に決まってたことかのごとく言ってくれるのだが、超弩級な心配性の母は、いつもあれこれと質問をする。

その質問が、なんか、天王寺動物園のトラの背中にマウンテンゴリラが乗って檻から逃げ出した想定の避難訓練というか、とにかく「そうはならんやろ」と言いたくなるような想像の産物なので、母はだいたい「そうはならんのですよ」と先生に笑われて、すごすごと診察室をあとにすると言う。

「もう病気はいやや、ピンピンコロリがいい」

母が電話で、さめざめと泣いた。

「すでに病気で二回死にかけとるから、あなたの場合はピンコロ ピンコロ ピンピンコロリやで」

内容のない励ましを送ってみたところ

「なるほどお!」

と母は納得した。そんなもんである。



家族がコロで命拾いをしているうちはまだいいが、コロリになったらたまったもんじゃないので、できる限りことはしておこうと、我が家は全員がコロナウイルスのワクチンを打つ方針を固めた。

最初に79歳のばあちゃんが受けて、その次が母を飛び越し、意外にもわたしに順番が回ってきた。

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8月からパラリンピックの選手や競技を広く知ってもらうための仕事をすることになったので、ありがたいことに、その接種枠をいただけた。

開催すると決まったならば、10年、20年、30年後も、障害のある選手やその生活を支える競技が盛り上がり続けるように、わたしはアホみたいな顔と文章でせっせと未来に向けた花火を打ち続けるのみである。


いつもはオノボリさんだらけの都庁の展望室が、たくさんのパーテーションで締め切られ、次から次へとエレベーターで上ってくる人々を、やまやの明太子工場のように素早く、医師やスタッフがさばいていく様子は圧巻だった。

注射してもらったあと、翌日から筋肉痛や頭痛の副反応が出るかもしれないけどひとまずは市販の鎮痛剤を飲んでもいいと説明を受けた。

「出ませんように!」

わたしが言うと、ぺた、と絆創膏を貼りつけてくれた看護師さんが笑った。

「若い人は免疫力が高いからねえ、体が反応しやすいのよ」

免疫力とは、外敵から命を守るための自己防衛システムなので、エヴァンゲリオンでありガンダムであり国家錬金術師である。

翌日から、肩から上に腕が上がらなくなってしまい、Suicaをうまくピッとできず何度も改札に激突しては通勤途中のサラリーマンに背中から舌打ちされるという比較的前世の罪が軽い者が落とされる地獄を経験してしまったが、それも「わたしの生命力が作用している、いや、しすぎている」と思うことにした。

ワンピース第一巻でシャンクスが「安いもんだ……腕の一本くらい……!」とルフィをかばった、あの時の気持ちもわかる。でもさすがにシャンクスだって腕一本持っていかれた日くらいは、病院行くなり寝るなりしたと思うんだ。シャンクスに倣ってその日はトドのように寝たら、痛みは消えた。

ワクチンの副反応は、まれに重篤なショックを引き起こすとされるが、圧倒的にほとんどの人はわたしのような軽い副反応で終わる。副反応が出てしまうのは仕方がないから、できるだけ休んでほしいな、サラリーマンに背中から舌打ちされる地獄には来てはならんと思ったので、ツイートしてみた。

そしたら、なんか知らんけど、バズった。

「ワクワクチンチン」の初見インパクトが強すぎたのかもしれないが、下品なことはやめなさいと通りすがりの大人から注意されたわたしの名誉のために説明をすると、発案者は病理医ヤンデル先生であり、れっきとした「今回のワクチンは期間をあけて2回打つことがわかりやすいように」という優れた広報的戦略が含まれている。ワクワクチンチン。


いくつかあるだろうなと思っていたけど、凄まじい熱量のこもった「ワクチンは打ったらあかんで」「ワクチンを広めるような投稿はやめんかい」というお声も、たくさんいただいた。

ペンギンコラメーカーという常軌を逸したツールがあったので使ってみたけど、わたしのDM欄は瞬く間にこのような様相を呈した。

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わたしとしては、打ちたい人は打ったらいいし、打ちたくない人は打たなかったらいいと思う。

打ちたくない理由には、健康上の都合、政府への不信、副反応への不安など、ここに書ききれないほどいろいろある。なにが全員にとって100%正しいかなどという答えは誰も出せない。

打って後悔した人もいるし、打たなくて後悔した人もたぶんいる。

だからわたしは、誰のためにどういう選択をすれば、どうなっても胸を張れるかだけを考えた。心臓の基礎疾患のある母、ダウン症の弟は、コロナにかかったら重篤化しやすいと先生から言われた。コロはまだしも、コロリはあかん。コロナでコロリはあかんナリ。だから家族で打つことにした。それだけ。

っていうか、それくらいしか、できないじゃんね。

選択は自由なんだから、選択した人を攻撃したり、正確かどうかわからん恐ろしい情報を突きつけたり、どちらの選択にもかかわらず対応をしてくれる医療従事者の人たちを貶めたりは、よろしくないんではと思いながら、ひとつひとつのメッセージに返信していたらボコボコにされてインターネットという東京湾に浮かぶことになってしまうので、念仏を唱えるようにスルーしていった。


ひとつだけ、スルーできなかったメッセージがあった。

一度スルーしても、二度、三度と「ご家族のワクチン接種を思いとどめてください」と送ってくる人だった。

やりとりをこうやって書いていいかとたずねたら、承諾してくれたこの人を、Aさんとする。

最初は、いやだなと思ったけど、Aさんはわたしの本も買ってくれて、noteも感想と一緒に引用リツートで紹介してくれていた。こういう言い方が良いかどうかわからんけど「ちゃんと思いのこもった言葉を使ってくださる、優しい人だな」とわたしは思った。

他の人と違って、誰が発信したかわからん恐ろしい情報や、ちょっと様子のおかしい攻撃的な言葉があるわけでもなく。

やっと生産が増えて家に届くようになったヤクルト1000を飲みながら気が大きくなっていたわたしはAさんに返事をした。

「うちはもうみんなで打つことは決めているんですが、どうしてそう思われるんですか?」

「わたしは医者や薬に騙されて、ひどい目にあいました。ワクチンは嘘です。大好きな岸田さんに同じ地獄を味わってほしくないので」

地獄、再来。

これはサラリーマン背中舌打ち地獄よりも、階層が深そうである。都営地下鉄大江戸線六本木駅の深さは誰が行っても「深すぎやろ」と言えるしベロンベロンに飲んで足がおぼつかない日の最寄り駅だったりすると死が頭をよぎるが、それと違って、こういう地獄の深さは誰でもなく本人が決める。

Aさんのツイートをさかのぼっていった。

Aさんは、旦那さんをがんで亡くしていた。

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しばらくは弟のグループホームの送迎車にかかる費用や持ってゆくお菓子に使います。毎月、家族で楽しく暮らすいろんなことに使わせてもらっているので、使いみちはよくnoteで紹介します。

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小学館「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」ライツ社「もうあかんわ日記」発売中! キナリ★マガジンという有料定期購読noteで月4本エッセイを書くほか、役に立たないことを披露しています。 Official WEB→https://kishidanami.com/