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わたしがほしかった、遺書のはなし

本当なら今日は岸田家のごはんnoteを書く予定だったのですが、盛夏というビッグウェーブに敗北し、藻屑となって体調不良のエレクトリカルパレードに甘んじているため、ごはんどころではなく。

ごはんは一旦置いておいて、日記のような、思い出のような話を。


のぞいていた人もいるかもしれませんが、ついこの間、Twitterでこんな相談をもらいました。


「余命わずかな母です。娘が一人います。ノートに娘へのメッセージを書き残しておこうと考えています。どんなことを書いておいたら、娘は嬉しいと思いますか?本人に聞いた方がいいとは思いますが、余命のことは娘に内緒にしているので」


遺書の相談だった。

すごく優しくて、すごく強くいようとするお母さんなのだと思う。きっとわたしが答えやすいように、108文字でシンプルにまとめてくれたのだろう。その文字の裏側で、どれだけのことがあったのかと思うと、ベッドに寝転がりながら息を飲んでしまった。

Twitterでは、知人以外のリプライに、あまり返すことができていない。ぜんぶ読ませてもらっているけど、ありがたいことに数がとても多いので、返しきれないのだ。

だから今回も、読むだけにするか、ものすごく迷った。

前向きに考えていようが、苦しんでいようが、自らの死というものへの捉え方はその人と、親しい人にしかわからない。ましてや会ったこともない、ネットの海で適当にカウチスタイルを取りながらプカプカ浮いているわたしから、なにかを押しつけられるなどたまったもんじゃない。


ただ、遺書という言葉で、わたしは父のことを思い出していた。

そんなわけで悩んだ末、「もしわたしならば、の話です」と書いた上で、彼女に返信を書いた。ここでもうちょっと詳しく、書いておこうと思う。


「遺書(いしょ)」と「遺言書(ゆいごんしょ)」には、違いがある。

遺書は残される人たちに向けて、自分の気持ちを伝える手紙のこと。遺言書は死後、相続人の排除、身分の認知、財産の処分などの事務的内容を示す、法的効力を持つ文書のこと。

わたしは一時期、住んでいた大阪で仕事の大失敗をするたびに「なにわのことは、ゆめのまたゆめ〜!」と叫んでいた(大阪城のお土産でもらったクリアファイルに書いており、語呂をいたく気に入っていた)が、これは豊臣秀吉の遺書である。さっき調べて、初めて知った。わたしったら辞世の句をカジュアルに使いすぎ。

遺言書は、書いておいた方が良いと思う。ドラマ・TRICK(トリック)で、財産分与をめぐってとんでもねえ骨肉の争いが勃発するのを、何度も見てきたから。ちなみにわたしの遺産は雀の涙にほど近いので、いま遺言書を書くとすれば「永く同人活動に使っていたパソコンのハードディスクを叩き壊してくれ」と目を見張るような朱筆でさめざめと書くしかない。


じゃあ遺書はどうかって。


あのね、これは本当に、わたしならばの話なんだけど。


遺書はいらないんじゃないかって思う。


もういない人からもらう言葉って、宝物にもなるし、呪いにもなる。それがどんなに相手を思って放たれた言葉でも、真意が余すところなく100%伝わることはありえない。

大阪人の会話を見てほしい。

「なんや?」
「なんやとはなんや?」
「なんや!」
「なんやなんや?」
「なんやったんや?」
「なんやなんや」

これだけで会話が通じる。マジで。

ちなみに上記には「喧嘩をふっかけた人」「喧嘩をふっかけられた人」「野次馬の通行人」「居酒屋の大将」「警察官」が登場している。大阪人のみがこれを見分けられる。

なにを言っているかわからないと思うが、「なんや」には、細かすぎる使用状況の分岐により、無数の訳し方が存在するのだ。バベルの塔の建築を、大阪だけがお上の目を逃れてやり遂げた時に生じた深刻な言語バグである。

ついでにわたしは相手が怒ってんのか笑ってんのかわからんない時はいつも「ほんまですか」と返していた。だいたいこれでいける。


つまり、言葉というのは、残した人の真意通りに受け取るのがめちゃくちゃ難しい。もはや運が左右する。たとえば高校野球で名将と呼ばれた老人が、今際の際に家族へささやいた遺言が「エースがちんこ対決をもう一度見たい」だったとして、「ガチンコ対決」を見せる人と、「ちんこ対決」を見せる人で二極化してしまう。なんなんだその遺言は。


たとえば。

「俺がいなくなったら、お母さんのことをよろしくな。あいつは寂しがり屋だから」という遺言を残して、お父さんが亡くなったとしよう。きっとお父さんは、残された家族で手を取りあって、仲良く暮らしてほしいと願ったんだろう。でも、家族の間ではなにが起こるかわからない。いつか自分の幸せのために、お母さんとの決別を迫られる可能性だってある。そんな時に「お母さんのことをよろしくな」という言葉は呪いにすら変わる。亡くなった人を悪者にすると言うのは、誰もあまりやりたがらないからだ。その代わり、約束を守れなさそうな自分を悪者にしてしまう。


ものすごーく嫌な例を書いたけど、こんなに極端なことばかりじゃない。

「元気に育ってほしい」「明るくいてほしい」「誰かを守ってほしい」「いつも笑顔でいてほしい」

こういう何気ない言葉すらも、発する人が亡くなったあと、「そうあらなければならない」と人を罪悪感で押しつぶしてしまう漬物石に変わることがある。

願いというのは、双方によるものすごく細かいコミュニケーションの上で、正しく成り立っているのだと、わたしは思う。そうじゃない、一方的に残された願いは、ひとしく呪いに変わる可能性を秘めている。

ううう、嫌なこと書いてしまって、ごめん。ごめんね。


たぶん、わたしがそうだった。

深夜、心筋梗塞を発症した父がわたしに残した言葉は「奈美ちゃん、頑張れ」「奈美ちゃんなら大丈夫」「俺の娘やから」だった。

しかもわたしはそれを、救急車に唯一乗り込むことを許された、母づてに聞いた。父の真意はわからなかった。

父が亡くなって3年くらいは、その言葉を支えに生きてきたけど、社会人になってからはたまに胸を刺された。

「もう頑張れない」
「なにが大丈夫なの」
「破天荒なパパに似ちゃったから、こんなに会社で叱られるのに」

未熟なわたしは、自分の至らなさや悔しさを、父の遺言にぶつけてしまったのだ。どうすればいいのか、わからなかった。ただ形のわからない言葉が持つ重みと、その時の父の表情を想像して、心を有刺鉄線できつくしばられた。


でも、そんなわたしを受け入れ、背中を押してくれたのもまた、父の残した言葉だった。それは遺書ではない。

父の「思考」と「選択」の記録だった。


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これは父が生前書いていたブログを、同僚の人がまとめて印刷してくれたものだ。いわゆる日記だ。

全日空のマイルが貯まってブロンズメンバーになったので、ラウンジで嬉々としてドリンクバーを飲みまくった、というマジでどうしようもないことばかりが書かれているけども。

「阪神大震災でなにも役に立てなかった自分に嫌気がさして、家をつくる仕事に転職した」という父の決断を読んで、わたしは周囲の反対を押し切って、歩けなくなった母のためにベンチャー企業の創業メンバーになる決断をしたし。

「赤坂で、外見はオンボロだけど、中は丁寧にリノベーションされた家を借りた。好きな街では好きなストーリーが生まれる」と父が書いていたから、わたしも憧れて、思いきって家賃を上げて同じような街に住んじゃったら、すごく楽しいし。

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父の財布に残っていた飛行機のチケットを見るだけで「家族のために何度も単身赴任先から往復してくれたんだな」「着陸しても爆睡してるから、ゆっくり降りられる後列を選んでたらしい」とか、その時の行動が想像できる。

スウェーデン車のボルボ、宙に浮いてるように見えるハミングバードのペン、ドイツ製の水彩クレヨン。父が選んだものには、父なりの小さな哲学や愛が透けて見えた。

ただ、父のファッションはイケてないと思っていたので、「オシャレはどうこう」みたいな内容だけは、すべからく従わないことにした。

父が残したそれらは、わたしに向けられた言葉ではない。わたしが人生で迷ったとき「父はどうしたのだろう」「父はどうやって選んだのだろう」と、参考にするだけだ。

どう受け取るかを選択できるのはわたしであり、それは成長によってことごとく変わるので、呪いになることはなかった。父はもう喋らないけど、わたしは父が残したそれらから、家族への大きな大きな愛を見て、それに何度救われたか数え切れない。


だから、わたしがほしい遺書は、何気ない日常の、何気ない選択と、何気ない行動の記録だ。

日記でもいい。手紙でもいい。家族や恋人や友人がそこに登場してもいい。ただわたしがほしいのは、願いではなく、その人が自由に生きた痕跡だ。


レストランでどうやってメニューを決めるのか。週末はいつもなにをするのか。どうしてその場所へ行こうと思ったのか。

ふつうの会話からこぼれ落ちてしまったささいな理由を「ファン感涙!細かすぎる!公式副読本」を作るつもりで、書き留めておいてほしい。日記でも、手紙でも、写真でも、動画でもいい。


なにを書いたらいいかわからない人は、わたしが大好きすぎる幡野広志さんの「ぼくが子どものころ、ほしかった親になる。(PHP)」を読むと、ものすごく良いと思う。

「優(息子さん)が何を選ぼうと、お父さんは優の答えを受け入れて、ずっと背中を押してあげる」という言葉で締めくくられるこの本に、願いはない。ただ、言葉がある。


わたしは未だに、なぜ父が「ドラえもんの新作映画を見に行こう!」とわたしを連れ出したのに「クリント・イーストウッド率いるおじさんたちがミサイル衛星へ特攻攻撃を仕掛ける」を見せられる羽目になったのか、ずっと困惑している。

わたしが残す家族には、そんな困惑がないように、一文字でも多く残すよ。このアホみたいな偶然と奇跡が起こったり起こらなかったりする、わたしを日常を。

誰かに向けて残そうとすると、かっこつけのわたしは、なんかいい感じに書いちゃうので、わたしのために。

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※以下、「キナリ☆マガジン」読者限定のおまけ文章。わたしが最近、父が残した日記を読んで衝撃を受けたことについて。

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28歳の作家。100文字で済むことを2000文字で伝える。車いすユーザーの母、ダウン症の弟、亡くなった父の話など。講談社・小説現代 連載、文藝春秋2020年1月号巻頭随筆 執筆。コルク所属。 Official WEB→https://kishidanami.com/

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コメント (2)
仕事柄、癌などの末期の方のリハビリを担当することがありますが、いつもいつも悩んでいますね。これでいいのか?本当にこの方はこれでいいのだろうか?結局答えは出ないのですが。難しいですね。
そっか、わたしはnoteを遺書にすればいい。奈美さんが言うところの、わたしが自由に生きた痕跡として。
娘としての願いを聞かせてくれてありがとう、奈美さん。よい気づきになりました!
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