岸田 奈美
ディズニーランドの乗りものについていけなくなった日のこと
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ディズニーランドの乗りものについていけなくなった日のこと

岸田 奈美
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わが弟が、26歳の誕生日を迎えた。

毎朝、毎晩、覚えたてのLINEでカナリヤがさえずるごとく「デイズニーランド」と、弟が送ってくる。

小さな「ィ」の打ち方がわからないのを逆手にとり「ディズニーランドではないみたいね」と知らばっくれるのにも限界がありそうなので、しぶしぶお連れすることになった。

天日干しされたトドのように、昼間からベッドに横たわる母を誘った。二人で行くより、三人で行った方が、なにかと機動力が高まるのだ。

母いわく、夢に出るほどしつこく誘ったのだが、答えは

「姉弟だけで、仲良く行ってきい」

の一本槍だった。

寒いのも、乗りものも、行列も嫌いな母にとって、ディズニーランドはトリプル役満である。

弟と千葉へ向かう途中で、ことあるごとに母へ

「まわりはみーんな、お母さんがおってうらやましいわ」

「心細くて泣いちゃう」

「迷子になったらどないしよう」」

「我が子が心配で、追いかけてくるなら今やで」

と恨み節のLINEを送り続けてみたのだが。

「あんたらはもう立派な大人やから、オカンは涙をのんで見送るわ」

塩対応であった。

親ならばもう少し、子の旅立ちを名残惜しんでほしい。


ディズニーランドは、さすが日本テーマパーク界の王たる風格というか、徹底した感染症対策がされている。

ぼくらのクラブのリーダーことミッキーマウスと写真がパシャれるレストランに行ったのだが、

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およそ人間のマスクよりも強靭な頭部をしているであろうにも関わらず、断固としてこの距離での撮影しか許されなかったときに悟った。

入場者数もがっつり制限されていて、入場チケットを手に入れるのはなかなかの至難の業である。

二ヶ月前の段階ではすでに一本の芽吹きもない荒野のごとく売り切れていたので、大枚をはたいて、ディズニーアンバサダーホテルに泊まった。そうすれば宿泊者は、チケットを購入できるプランにありつけるのだ。金の力でアンバサダーになってやる。


なんだかんだで、ディズニーランドに行くのは19年ぶりだ。

亡き父が、新幹線も飛行機も乗れない弟のために、夜通し、東へ東へとボルボを走らせて、家族を連れて行ってくれたのが最後。

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いまや弟は、新幹線も飛行機もすました顔で乗れるようになり、このようにパジャマへ早着替えをして、くつろぐようになった。

「静岡県が永遠に終わらない」と、深夜の東名高速で嘆いていた父よ。見ているか。

ディズニーシーになら、五年に一度くらいは行っている。なぜならわたしは、絶叫コースターが大好きだから。ディズニーシーの方が、大人ウケするように万事が作られていて、乗りものも怖い。ジェットコースターとか、フリーフォールがある。

富士急ハイランドは夜行バスに乗って一人でも行ったし、気に入ったものは五回でも六回でも連続で乗る。USJのハリウッド・ドリーム・ザ・ライドは、大阪環状線と同じ回数かそれ以上は乗ってきた。ICOCA定期券を作ってもいいレベルだ。


そのわたしが、ディズニーランドね。

ちょっと物足りないじゃないの。

でも、まあ、弟が言うんなら付き合ってあげてもいいわよ。とりあえず三大マウンテン(ディズニーランド内のジェットコースター、スペースマウンテン・スプラッシュマウンテン・ビッグサンダーマウンテンの総称)の制覇は、マストでしょ。

高度と速度は、ぜんぜん、子どもだましって感じだけど。ふふん。


翌日。

入場してすぐに乗ったスペースマウンテンで、わたしは撃沈していた。

三大マウンテン制覇どころか、気を抜いたらすぐ胃がスプラッシュマウンテンしそうなほどの一種即発状態である。うさぎどん、そこ(胃)から出てきちゃだめ……!

なにもいないわ!
なんにもいないったら!

そう自分に言い聞かせて、次はスター・ツアーズという宇宙の旅に出たのだが、出発をしてすぐに、うさぎどんがもうすぐそこまで姿を現した。

「ウォッ、ヴォッ、オォォッ……」

酔っていた。わたしは盛大に酔っていた。

目を閉じ、喉の扉をノックするうさぎどんにお引取り願うよう、ただ静かに祈るしかなかった。ダースベイダーや、C-3POがなんか言っているが、耳を傾ける余裕などない。座禅。いまわたしがここですべきは座禅なのだ。

滅多なことで引かない弟が、ドン引きするのを横目に、わたしはベンチで液体のようになりうなだれていた。

嘘でしょ。

このわたしが。

乗り物酔いなんて。


以前、子育て中の親御さんがツイッターで「ブランコに乗っても酔うようになった」と書いていたのを思い出した。

ブランコぐらいでそんなアホなと笑っていたのだが、いままさに、この身に降り掛かっている。ちゃんと十時間も寝た。ご飯も一時間前に済ませた。

それなのに。

わたしももう30歳になったのだ。

三半規管は……年齢とともに衰えているのだ。

知りとうない。知りとうなかった。

ずっと絶叫コースターに乗っていたかった。舞踏会に向かうなら、かぼちゃの馬車より、スチールドラゴンの座席の方がよかった。

蒼白になっている姉に、弟が温かな哀れみの視線を向けていた。


父は、絶叫コースターが苦手だった。

ごねにごねれば一回くらいはともに並んで乗ってくれるのだが、大抵は「そんなんよりこっちにしとけ!最高に楽しそうやぞ!」と別の乗りものに誘導したがった。

そのひとつが、「イッツ・ア・スモールワールド」だ。

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「世界中〜誰だって〜ほほえめば〜仲良しさ〜」の音楽がひたすら大音量で流れるなか、人形たちが踊る国々をボートに乗ってめぐるのだ。不法に国境を越えても狙撃されないところが良い。

かつては、誰がこんなかったるいもんに乗るねんとあざ笑っていたのだが、今となってはこれほど落ち着く時間はなかった。

今となったら、これに乗りたがる疲れきった父の気持ちがわかる。

揺れない。走らない。酔わない。それだけで、なんて世界はすばらしいのだ。

「みんな〜輪になり〜手をつなごう〜小さな世界〜」

このフレーズを何十回も聴いていると自然と口ずさむようになったので、SNSでみにくく争う大人はこのボートに十時間縛りつけて乗せる刑に処すのがいいと思う。


語るのも苦しい真実だが、衰えていたのは三半規管だけではなかった。

異変に気づいたのは、

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「ピノキオの冒険旅行」という乗りものに乗り込んだ時である。

これは、ディズニー映画「ピノキオ」の世界とストーリーを、小さなトロッコに乗って体験できるというものだ。

疾走も落下もしない。酔わない。

ただ、ストーリーにまったくついていけなかった。

最初から最後まで、ピノキオの身になにが起きたのかがわからないにも程がある。

人形がなにか喋っているのだが、一体どいつが喋ってるんだと目で追ううちに次の扉がバタンと開き、次のシーンへ突入する。

最初から最後まで、聞き取れたやつだけを書いておくと、


タンタラタンタンタン♪

子ども「幸せいーっぱぁい!」

遊園地の扉がバーン!

怖い人「ここがお前の家だァ!」

ピノキオ「アーッ!」

ピノキオ「タイヘンダァーッ!ドーシヨーッ!」

謎のおじさんの声「ピノキオ!ピノーーキオーッ!」

知らんこども「帰りたいよォン」

よくわからん箱に詰められたおじさん「ヒャーッヒャッヒャッ」

謎のおじさんの声「アブナァ〜イッッッ!」

でかいクジラがガブリッ!

謎のおじさんの声「ピノーキォー……」

プーさん「タダイマァ……」

星に願いをが流れる。


以上である。

ちなみにほとんど、声だけだ。誰が喋ってるのかまでは、わたしでは視認できない。普通に考えてプーさんがいるわけないのだが、何度聞いてもプーさんとしか思えない何かが存在している。

もう誰がなにを喋って、どうなってるのか、ビタ一文わからない。高熱が出てるときに見る夢みたいな世界だった。

唖然としていたら、後ろのトロッコに乗っていたちびっ子が

「おもしろかった!もう一回!」

と、お母さんとお父さんにねだっている。


子どもは……子どもはついていけてる……!

そう。

わたしの反射神経までもが衰えているのだ。

物語の展開と、音の主の確認についていけていない。待ち時間が5分だったので、弟にお願いして、もう一度乗ってみた。

もしかしたら、乗る位置が悪かったんじゃないかと、弟と座る場所を交代してもらったのだが、結果は惨敗だった。

改善されたところといえば、大きなクジラが迫ってくる視界が、突然「アブナァ〜イッッッ!」と絶叫しながらあらわれる老人(ゼペット)に切り替わったくらいだが、単に不可解な恐ろしさが増しただけである。

※冒険旅行の動画があったので、ネタバレをいとわない人はどうぞ。


わたしはもう、遊園地で乗りものをろくに楽しめない体になってしまったというのか。それが大人になるということなのか。

心の準備がまったくできていなかったので、これはショックだった。

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しばらくは弟のグループホームの送迎車にかかる費用や持ってゆくお菓子に使います。毎月、家族で楽しく暮らすいろんなことに使わせてもらっているので、使いみちはよくnoteで紹介します。

岸田 奈美
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