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ええ本は、ええ人を連れてきてくれるさかい

「ええ靴は、ええとこに連れてってくれるさかい」

頭のなかの、比較的取り出しやすい場所にしまってある言葉だ。大阪に住んでいたとき、梅田の古い駅ビルの奥でアホみたいに安いレディース靴を売りさばいていたおばちゃんが、ニカッと笑って言っていた。

おばちゃんええこと言うやんけ、と感動して、わたしはそこで絶妙に野暮ったい仕事用パンプスを買った。

あとから、それはフランスのことわざだと知って、びっくりした。めちゃくちゃネイティブ大阪ナイズドされているなと思った。もはや原文より語呂がいい。ええ靴て、どない。


そんな事情にリスペクトを送りながら、最近よくわたしが言っているのは。

「ええ本は、ええ人を連れてきてくれるさかい」

二十九歳になるまで、苦しいこと、悲しいことがたくさんあった。これはもうアカンわ、が何度もあった。最高値が更新されまくって、ファイル名にすると「これはもうアカンわ Ver.5_2_3_最新」くらいある。

だけど、深いところまで心が落ちていきそうになるとき、いつも愛しい人が愛しい本を連れてきてくれた。



小学校四年生のとき、弟が入学してくることになった。わたしの担任の先生が、わたしたち生徒を集めて、言った。

「岸田さんの弟くんには、知的障害があります。登校の付き添いで岸田さんは大変だから、みんなで助けてあげましょう」

最初、わたしはぽかんとして聞いていた。

大変?助けてあげましょう?

先生の言葉が、わたしに向けられたものだと思うまで、少し時間がかかった。だってわたしは、ひとつも大変ではなかった。わたしの大好きな弟は、本当に素晴らしく、かわいく、良いやつだったから、助けてなんてほしくなかった。

そのあとすぐ、手と足の先がものすごく冷たくなっていき、反対に腹の底がひっくり返るくらい熱くなった。それが生まれてはじめて経験した、はげしい怒りだった。

気がついたら、わたしはみんなの前で泣きわめいていた。先生はオロオロしていた。

いまなら先生の気持ちだって、よくわかる。重い障害のある生徒が入学するのはめずらしい学校だったから、先生は弟のことをよく知らなかっただけなのだ。

あれは、先生の優しさと、わたしの愛しさが、リニアモーターカーのごとく剛速ですれ違ってしまった顛末だった。

まあでも、当時、子どもだったわたしが、そこまで冷静になれるわけもなく。家に帰っても泣き続けるわたしをなぐさめた母は翌日、『わたしたちのトビアス』という本を贈ってくれた。

スウェーデンに住む子どもたちが、知的障害のある弟・トビアスと過ごす日々を描いた、かわいらしい絵日記のような本だった。

「これがトビアスです。かわいいでしょ」
「一緒に過ごせば怖くなくなるし、遊んだりしてわかりあうといいのに」

そこには、哀れみや、悲しみはなかった。ただ平凡で、勇敢で、優しいトビアスの姿があった。絵本からは彼らがいかにトビアスを誇らしく、なんてことなく思っていたかがわかるし、それはわたしの弟の姿にぴったり重なった。

翌日。わたしはその本を学校へ持っていった。

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