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だらしないやつは地べたに置いた半開きのパソコンからスマホを充電しがち

普段から、机の上のほこりを払うくらいのノリで、メモ帳に「なにに使えるかわからんけど思い浮かんだこと」を書き留めている。

ものを書いて日銭を稼ぐようになってから、炸裂した貧乏性ともいえる。うちのばあちゃんが、冷蔵庫の中の扉ポケットに、いつのかわからん調味料の小袋を大量に溜め込んだまま腐らせているのだが、あの気持ちがわかる。

「いつか使えるかもしれんから」と温めていたけど、どうにもこうにもならんかった小さすぎる話をここで。オチがないことも多々ある。それもまた人生。

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だらしないやつは地べたに置いた半開きのパソコンからスマホを充電しがち

ちょっといいレストランに入った。テーブルの上にあのどんだけこぼしても良い布が敷かれている、いいレストランだ。

ちょっと緊張しながら、「今日のお品書き」を歌が作れるほど眺めていると、斜め前に座っているグループが目に留まった。

全員スーツを着ている。取引先との会食か。

窓を背にして上座に座る二人が50歳くらいの男性。下座は30歳くらいの男性ともう少し若いくらいの女性。

アッ!

女性の足元に、荷物入れのカゴ。その中から白いコードがビヨビヨと伸び、スーツのポケットに収まっている。iPhoneだ。iPhoneの充電をしているのだ。

少し身を乗り出してみる。

予想通り、カゴの中にはノートパソコンがあった。ノートパソコンが「く」の字になって、半開きの状態で立っていた。

急に会社員時代の苦い思い出がよみがえってきた。あれはわたしも覚えがある。それこそ会食中にずっとやっていた。

女性には本当に申し訳ないので、話半分に聞いてほしいのだが、あれはだらしないやつがよくやるのだ。

良く言えば奥の手、悪く言えば末路。

だらしない上に、要領が悪くて仕事でいっぱいいっぱいになると、なぜかiPhoneの充電がなくなる。仕事の催促でチャットの通知が届きまくる、充電する暇もなく会議に出ている、もうすべてを諦めてTwitterを眺めるなどが原因だった。

そして夜になり、会食に出かける時間を迎えて、iPhoneの充電がないことに軽くパニックになる。電源が切れることが恐ろしい。親よりも連絡をとりあっていた印刷所から「あの、データ不備ですけど。あと2時間以内に再送しないと納期間に合いませんけど」と今にも電話がかかってきたらと青ざめてしまう。下っ端は心臓の鼓動と同じくらい、iPhoneの充電を切らしてはならない。

だが、だらしないので、モバイルバッテリーなどを充電して持っているわけもなく。あんなもん、にっちもさっちもいかんくなって、コンビニで買った夜以外は使うたことがない。給電ケーブルすらどっかいった。

そうなるともう、頼みの綱はノートパソコンのみ。パソコンに直接ケーブルをぶっ刺し、ポケットに入れたiPhoneを充電するのだ。ポケットの中でカイロかと思うほど熱くなる。夏は太ももが照り焼き状態になるので地獄である。

しかしパソコンは、閉じているとスリープ状態になり給電が止まるので、やむをえず「く」の字にして、半開きの状態で地べたに置く。たまに店員さんがギョッとした顔で見てくる。

もはや巨大なモバイルバッテリーとしてノートパソコンを持ち歩いていた時期もあったなと懐かしくなった。会食がうまくいきますように。


カニの心臓

そのレストランでノスタルジーに浸っていると

「こちら、カニの心臓です」

とお椀が運ばれてきた。

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でかい……。カニの心臓、めちゃめちゃでかい。

あんな少ない身のなかに、こんなにもでかい心臓が隠れているのかとびっくりした。ゆずで作られた「V」は、カニの手をイメージしてるのだろうか。まさかカニも心臓を丸ごとくり抜かれるという、世紀末のルール無用コロシアムみたいな食われ方をするとは思わなかったはずだ。

カニの心臓は、ほろほろと柔らかく、美味かった。

わたしには関原さんという50歳くらいの仕事の先輩がいるのだが、いくらやすじこが大好きで、いつもバクバク食べていた。

「命はいただけばいただくほど美味い」

と悪魔みたいなことを言っていた関原さんは、名誉の痛風になった。命をいただくというのはこういうことだと泣いていた。心臓とは命だ。美味いのだ。

お椀を下げにきた店員さんに

「カニの心臓ってはじめて食べましたけど、こんなに美味しいんですね」

「そうですねえ、エビやれんこんの方がメジャーですよね」

れんこんの心臓とは。不安になって調べたら、心臓ではなく、しんじょうだった。


火事と喧嘩は江戸の華

家の近くでボヤ騒ぎがあり、消防車が二台も来ていた。

サイレンの音で起きたが、窓からだとよく聞こえなかったので、パジャマのまま外に出た。何人かのご近所さんたちがすでに集まっている。

消防車は、放水をしていなかった。

「なんや、なんや」

「ボヤやったんか」

「怖いわあ」

そんな声を聞きながら、人混みの後ろの方で背伸びをしていると

「なんやって?」

と、いま様子を見にきたらしいおじさんが声をかけられた。

「ボヤですって」

「ああ、怖いなあ。こないだも向こうであったんよ」

「へえ」

よく顔を見ればそのおじさんは、いつもわたしが挨拶をしてもフル無視をするおじさんであった。周りを見れば、みんながもう燃えていない火事の話をいつまでもしている。

われわれは、火事のときだけコミュニケーション力が跳ね上がるのだ。腹が立っても会話を諦めず、あぶり出すくらいの気持ちでいきたい。


京都の焼肉屋

とても仲の良い、全信頼を置いている人と、京都で焼き肉を食べた。

どこにしようかと迷っていたら、知人が

「今日はじめて行った美容室のスタイリストさんが、めっちゃグルメらしくて。安くて美味しい焼肉屋を教えてもらったからそこへ行こう」

と言うので、ついていった。

18時半という速さもあってか、わたしたち以外の客はいなかった。

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メニューに「すき焼き風ロース ¥1850」というのがあり、卵黄と肉が大好きなわたしはそれを頼んだ。

まだ学生くらいの若い店員さんが

「あー……すみません、今日はご用意がなくて」

というので、そうかそうかと思い、別の肉を注文した。厨房に伝えに行ったはずの店員さんが、すぐに引き返してくる。

「あのう、ロースじゃなくてヒレならご用意できるんですが」

「うーん、もうほかのお肉で十分そうなので、食べてから考えます」

「わかりました」

店員さんがまた厨房に戻る。すると、声が聞こえてきた。さっき入り口で迎えてくれた店長の声だ。

「は?なんでもう一品注文とれんかったん?」

「すみません」

「なにやってんの?ちゃんとおすすめしたん?」

「しました」

「はあー……1850円やで。めっちゃでかいやん。どうすんの」

「……」

「遊びじゃないねん。仕事やねんぞ」

めっちゃ怒られてる。

店員さん、わたしらがすき焼きを注文せんかったから、めっちゃ怒られてる。こちらまでピリピリが伝わってくる怒声である。とんだ香辛料の登場だ。

「客が頼まんと意味ないやん。この肉どうすんの?廃棄すんの?」

知人とわたしは、押し黙って顔を見合わす。

とんでもない店に来てしまった。さっきの店員さんが来たら、もう一品頼んであげよう。せめて優しく気前よく接そう。

そう思ったのだが、待てど暮せど、肉が来ない。

焼肉屋でこんなに肉が来ないのも初めてだ。客はわたしたちしかいないのに。十五分ほど待っても、なにも来ない。

パチパチパチ、と火の弾ける音だけが虚しく響く。

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気が狂いそうになったので、たまたま持っていた「阪神タイガーストレーディングカード」を開封し、ランダムに引いた5枚の選手たちでチームを作って野球をしたらどっちが勝つか、という不毛なゲームをした。

バースと田淵に対してこちらに捕手が一人もいないので負けるしかない。20分を過ぎたころ、ふたりとも無言になっていた。

「おまたせしました、カルビです」

カルビがきた。

もうすき焼きを頼むモチベーションは砂塵となって失せてしまったが、ようやく肉が食えるのだ。

トングでつかむ。

つかめなかった。

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