見出し画像

渡りにトーチ(もうあかんわ日記)

毎日だいたい21時更新の「もうあかんわ日記」です。もうあかんことばかり書いていくので、笑ってくれるだけで嬉しいです。日記は無料で読めて、キナリ★マガジン購読者の人は、おまけが読めます。書くことになった経緯はこちらで。
イラストはaynさんが描いてくれました。

昼ごろからあのなんかちょっと前に大阪の商店街でいきなり流行りだした、ほっそい、かっるいカキ氷みたいな雨が降ってきた。

明日も雨かなとゲンナリしたけど、曇り時々雨に、そしてさっき見たら晴れ時々曇りに変わってる。ヤッタァーッ!

母と弟が、聖火を持って走るのだ。

太子町だったはずが万博記念公園になったし、沿道での応援もなくなったし、東京に向かって走るのではなく太陽の塔のまわりをグルグルッと点Pのように動くことになったけれども。

気にするまい。
人に求められて、走るのならば。

「ずっとみんなに頼りっぱなしやから、頼られるのはなんでも嬉しい」と、母は言った。

ランナーの証として“聖火のトーチ”を7万円1940円でドカンと買えるのだけど、値段におそれおののいて、あきらめていた。まあ、買っても、使いみちわからんし。父の仏壇のろうそく立てに使うか。バーベキューの火起こしに使うか。使わんわ。

そしたら、今日、母を「TEAM JAL」として聖火ランナーに推薦してくれたJALさんから「トーチ、プレゼントするやで」と連絡があった。渡りに船ならぬ、渡りにトーチ。頼られると、いいこともある。


母にはユニフォームがあるが、弟にはない。

「とりあえず家にあるパーカーを着ていこか」

ぼんやり考えていたのだが、今朝になってタンスをひっくり返してみると「adidas」と胸元にめちゃくちゃデカく書かれた黒いパーカーか、わたしが台湾の夜店で当ててきた「バルサのパチもん長袖ユニフォーム」しかなかった。NHKの中継で映してもらえる気がしない。

走ることで頭がいっぱいで、服のことまで頭が回っていなかった。

「あんたの新品のTシャツ、これ借りていい?」

困り果てた母が見せてきたのは、たしかにわたしが最近ユニクロで買った、一度も着ていないTシャツだった。

「それ、村上春樹デザインのTシャツやけど……」

「えっ、そうなん!?」

「絶対読まんやろお前は、とツッコミが入るかもしれへん」

「たしかに……」

「聖火ランナーに村上春樹を着ていくのは、ちょっとなんか、文学的な思想も感じてしまうな」

「そうかなあ」

「胸元に“君はこれから世界で一番タフな15歳になる”って書いてるし。15歳やと思われるかも。ほんまは25歳やのに」

そんなことはないのだが、大役ともなると、ことさらナイーブになりすぎている。村上春樹Tシャツは、走らないわたしが着ていくことにした。

結局、家のクローゼットというクローゼットをあさって、わたしが数年前に着ていた白かったパーカーを引っ張り出した。

白いパーカーではない、白かったパーカーだ。

わたしによる「ジュースこぼし」「泥ころび」「マスタードたらし」など、あまたの迷惑をこうむったパーカーなので、全体的に遥かなる地球の大地の色をしている。

きっと今夜の新しいドラム式洗濯機が、驚きの白さにしてくれるはずだ。そのためにキミは、この家にやってきた。


さて。

着るものが決まっても、肝心なのは、母の体調である。

今日は退院してはじめて、母が大学病院へ診察に行ってきた。14時から検査をいくつもハシゴして、診察と会計が終わったのは17時だった。

待ってる間ずっと、母はソワソワしていた。

最初は院内のドトールコーヒーで待ち時間を潰してたけど、さすがに長居しすぎたので、場所を変えて地下の食堂に移動してみた。

お昼もガッツリ過ぎて、ラストオーダー15分前。食券はほぼ売り切れ。なぜか「シュークリーム 100円」があったので、とりあえずそれを押した。

だれもいない、だだっ広い食堂で、おばちゃんが目を疑う俊足でシュークリームを運んできてくれた。セルフかと思っていたので、死角になっていたカウンターの奥から野生のおばちゃんが飛び出てきて、ビックリした。

「あの、シュークリームだけで、なんかすみません」

「とーんでもない!大歓迎!」

いい食堂で、いいおばちゃんで、いいシュークリームだった。


主治医の先生による、母の診察がはじまった。

「はい。ぜんぜん大丈夫」


先生の見立ては、あっさり花丸も花丸、花丸うどんであった。

「なーんも問題ないよ」

「明日、万博記念公園で走るんですけど、それも……?」

「なーんぼでも走ったらええ」


「えっ、じゃあ、憧れの海外旅行にも……?」

「なーんぼでも行ったらええ」


欲をかいた母にも、先生はなにも変わりなく言った。さすがに海外旅行は、このご時世しばらく行けないけど、希望が見えたのはいいことである。

これは、わたしが外で待っているときに、母と先生が交わした会話だけども。

「ところで、岸田さんにずっと聞きたかったんやけど」

「はい?」

「娘さんってなにしてる人なん?」

「えーと……なんか、あの、エッセイとか書いてる人です」

「え!? あんなに大人しそうなのに?」

「それが大人しくないんですよ、やかましいくらいで」


失礼な話である。

でっかい病院なので、主治医の先生とは、命が危ないかもしれんという時しか、わたしは話していない。そんな時にやかましくツッコミ入れとったらおかしいやろ。先生ほんまに命助けてくれてありがとう。やかましいのが欲しくなった時は、いつでも呼んでや。

ちなみに先生にはわたしが高校生くらいに見えていたらしく、母が29歳なんですと打ち明けると、しこたま驚いていたらしい。


そういうわけで、満を持して、母は明日、元気に走れることになった。弟が押すけれども。まあ、それまでにいろいろ、こぐもんは、こぐし。

NHKのライブストリーミング配信でだれでも観れるらしいので、動いてる母をご覧になりたいときは、ぜひぜひ、見といで寄っといで。

4月14日(水) 時間はお昼頃からで何時になるかわかんないけど、出番は大阪市のあと、柏原市のまえです。

そして、そして。

毎日続けてきたこの「もうあかんわ日記」も、残すところ、あと2回。わたしも、文章という路を、最後まで走って行きますわよ。うまいこと言ったねえ。


↓ここから先は、キナリ★マガジンの読者さんだけ読める、おまけエピソード。マガジンの購読費が岸田家の生活費です。

いろいろな事情があって、2ヶ月くらい先に、母が神戸のとあるエリアへ毎週通うことになりそうで。

病院の帰りに、「ちょっと車を停める場所あるか、確認しようか」ということになった。

初めて行く場所で、車いすに乗る母が、めちゃくちゃ心配すること。

続きをみるには

残り 2,965字 / 1画像

新作を月4本+過去作300本以上が読み放題。岸田家の収入の9割を占める、生きてゆくための恥さらしマガジン。購読してくださる皆さんは遠い親戚…

週末にグループホームから帰ってくる弟や、ばあちゃんと美味しいものを食べます。中華料理が好きです。