幻のオリーブ泥棒(もうあかんわ日記)
毎日だいだい21時更新の「もうあかんわ日記」です。もうあかんことばかり書いていくので、笑ってくれるだけで嬉しいです。日記は無料で読めて、キナリ★マガジン購読者の人は、おまけが読めます。書くことになった経緯はこちらで。
イラストはaynさんが描いてくれました。
母の部屋に、オリーブの木がある。
木といっても、つくりものだ。ビデオ会議をするとき、背景が真っ白でさみしいからと、冬に母が買った。
この木が、朝起きたら無くなってた。
オリーブ泥棒か!
こういう脈絡のないことは大体ばあちゃんなので、聞いてみたら「知らんで」とのことだった。
グループホームからちょうど弟が帰ってきたので、一緒に探してもらったが、家のどこにもない。物置きも、たんすも、ベッドの下も。
カバンの中も、つくえの中も、探したけれど見つからないのに。向かいのホーム、路地裏の窓、こんなとこにいるはずもないのに。
どうでもいいけど探しものをしてる時、頭のなかで流れつづける曲ってあるよね。わたしはあまり深刻でない時は山崎まさよし、かなり深刻なときは井上陽水が流れる。
まさか、ばあちゃんがまた捨てたのか。いや、それにしても、木やぞ。結構でかいぞ。今までも置いてあった木をいきなり捨てるって、そんなことあるんやろうか。
父の部屋を探っていると、ひょこっと弟が扉から顔をのぞかせて、ちょいちょいと手招きした。
「姉ちゃん、あった」
「なに!?でかした」
ついていくと、そこはベランダだった。
どうして?
「ばあちゃん。なんでママのオリーブの木、外にあるん」
「なんでとちゃうわ。木やねんから、お日さまにあてたらな育たんわ」
「これ、鉢のとこビッチャビチャやねんけど」
「水あげてん」
さっきの「知らんで」はなんだったんだ。
ポーカーフェイスなのか。まさか身内にオリーブ泥棒が出るとは思わなかった。しかし、オリーブ泥棒にも、木を慈しむ優しい心があったのだ。
つくりもんやけどな。
姉と弟はビッチャビチャになった鉢をかたむけて水を流し、布巾で水滴を拭き取っていった。ポンッ、ポンッ、ポンッ。
ベランダから見える、隣町へとずっと続く道には桜が咲き誇っている。子どもたちがきゃあきゃあとはしゃぎ、ベビーカーを押したお母さんやお父さんたちが仲睦まじそうに歩いている。桜にスマホを向け、シャッターを切る。
一方われわれは、一生懸命に、プラスチックのオリーブを拭いていた。「バッカでえ!」とばあちゃんを指さしてゲラゲラ笑いたいところ、ぐっとこらえ、黙っている。笑うとばあちゃんは怒るからだ。
ミレーの「落穂拾い」のように、作業の重苦しさを描きながらも、明るい太陽に照らされる鮮やかな色彩を際立たせる、いい構図だと思う。
「オリーブ拭き」を、だれか描いてくれ。
粛々とオリーブを回収したあと、わたしは思いついた。
「もしかしてばあちゃん、犬のぬいぐるみ置いといても、気づかずにエサやるんちゃうか」
止まらない好奇心。やってみよう。
だが、そう都合よく、犬のぬいぐるみが家のなかにあるわけもない。それらしいものは「押すと音が鳴るサルのぬいぐるみ」か「父が買ってきたE.T.のぬいぐるみ」だった。一瞬迷ったが、正気を取り戻してサルを抜擢した。
でも、こんな色のサル、嵐山モンキーパークにもおらんもんな。どう見たってぬいぐるみだ。
さすがにこれh…。
アーッ!!!!!!!!!
台所でひたすら砂糖と塩の容器を入れ替える(なんかずっとやってる)日課を終え、戻ってきたばあちゃんは
「かわいくないカッパのぬいぐるみやなあ」と言っていた。
どこをどう見えたらこれがカッパに見えるのだろう。なにを見てるんだ。前世か。おそろしくなってきた。でも、さすがにぬいぐるみと見破られてしまった。
今度はもう少し、リアルなぬいぐるみを仕入れて、試してみよう。
しばらくわたしがリビングを離れ、なんやかんや仕事などをしてから、戻ってくると。
ぬいぐるみがいなくなっていた。
かわりに、この家の人間が尻を置くすべてのクッションのなかでも、そこそこでっかいクッションの上に、鎮座していた。祀られとる。
つくりもんのオリーブに水をやり、ぬいぐるみのサルを祀る。ばあちゃんの行動原理がいまだによくわからない。
でも、ただのモノが、イキモノになる瞬間って、あるよね。
弟も、ボルボに乗るたび
「あいがとう」「さむいれすね」「げんきれすか」
と、なでなでして、喋りかけていた。
見ているとなんか、わたしも喋りかけた方がいい気がしてきた。こうしてボルボはイキモノになった。
命は芽吹く。人が慈しんで息を吹きかければ、どこにでも、なんにでも。
第1回「Internet Media Awards」でグランプリを授賞しました!
受賞したのは「全財産を使って外車買ったら、えらいことになった」です。
つまりわたしだけではなく、ニッシン自動車関西の山本さん、ボルボディーラー(FCの経営再編でアウディになってしまったが)の山内さん、翻訳してくれた倉本さんたち、そしてそして、読んで広めてくださった皆さんのおかげなので、これは俺たちが優勝ということです。あっぱれ。
題材としては暗い苦労話になっても不思議はないところ、ユーモアと感謝にあふれた明るい一人称のテキストが、人々の心をつかんだ。本記事は日本で話題になり(note のハート数3万以上)、それがきっかけでボランティアによって10か国語に翻訳された。インターネットらしい広がりだ。ともするとインターネットメディアには「炎上」「分断」など怖く荒れたイメージが強く、敬遠しがちな人もいる。でも、インターネットには前向きな可能性もたくさんある。受賞作はそれを示す好例だ。(篠田真貴子)
審査員の篠田真貴子さんからいただいたコメントを読んで、「ああ、幼いころから大好きだった優しいインターネットの世界の一片になれてよかったな」と泣きそうになりました。
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ウトウトと昼寝をしていた。
そしたら、ザシュッという風を切る音とともに、胸に衝撃がはしった。「グエッ」という自分の声で目覚めてしまう。
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岸田奈美のキナリ★マガジン
新作を月4本+過去作400本以上が読み放題。岸田家の収入の9割を占める、生きてゆくための恥さらしマガジン。購読してくださる皆さんは遠い親戚…
週末にグループホームから帰ってくる弟や、ばあちゃんと美味しいものを食べます。中華料理が好きです。